親子二人で登った日本百名山

北アルプスー2

(薬師岳・水晶岳・鷲羽岳・黒部五郎岳・笠ヶ岳)

薬師岳(2926m)

登山日   1999年9月12日
登山経路  9/11 折立12:25〜太郎平小屋16:15(泊)
                9/12 太郎平小屋6:30〜薬師岳〜太郎平〜折立
天候      ガス/晴

9月11日
今日は太郎平小屋泊り。家をゆっくり出て安房トンネルを抜けて食料調達のコンビニを探しますが神岡の町まで下る羽目になり,更に双六谷にかかる駒止橋まで戻って飛越大規模林道,有峰有料林道を走って折立に着いたのが12時を回っていました。折立までは本当に長いアクセスです。
登山口を少し入ったところに昭和38年の愛知大学生遭難の碑が有り合掌。われらと同世代の非業の死に胸が痛みました。
出発間際に雨が振りだし、傘さして登山道に入りました。その雨も樹林帯を抜け尾根に出る頃には上がって、見通しの良い草原の中の登りになり、有峰ダムを下に,気持ちの良いトレイルです。
石積みの階段、木道を歩いて太郎平小屋には4時15分につきました。
シーズンオフに入りゆっくりとしたスペースを確保して休むことが出来ました。

9月12日
太郎平の朝は乳白色のガスの中で、登山者のため息が流れていました。
気を取り直して出発。薬師峠に下り、沢の中のゴロゴロした石の間の道を登って薬師平に。依然としてガスの中,時折ガスがきれて見える山影が薬師岳と思いこみ、カメラに収めますが、どうもそうではなさそうです。
樹林帯を抜けて砂礫ののぼりを行くと薬師小屋に到着。
100円出してトイレを拝借。もう山頂はすぐそこです。息子が急に元気になるのは、いつも山頂近くになってからです。山頂らしきところを10分も進むと祠の有る山頂に着きました。
ガスが切れませんがカールが見えてきたので、朝食のラーメンを食べながら晴れるのを待ちました。
100名山完登の新潟の夫婦が祝福されていましたが、晴れるのを待たずに下山して行きました。一時間ほど待ったでしょうか、ガスがサーとひいて,赤牛岳からその後の烏帽子岳の方角の展望が開けて、歓声が上がりました。どんどん展望が利き始め薬師岳の全貌も見え始めました。なんと言う幸運でしょうか、今年最後の北アルプス一月前に歩いた裏銀座の峰峰を眺めながら、今年の天候との相性の良さを実感し、至福の薬師岳でした。
名残を惜しみながら、太郎平に下りビールで乾杯の後、折立にゆっくりゆっくり下りました。

再登山 2007.08.11〜08.14 立山〜スゴ乗越〜薬師岳〜太郎平縦走の記録


黒岳(水晶岳)(2986m)

登山日   1999年8月9日
登山経路 8/7  高瀬ダム6:50〜ブナ立て尾根〜烏帽子キャンプ場14:30(泊)
        8/8 烏帽子キャンプ場〜野口五郎キャンプ場(泊)
       8/9 野口五郎キャンプ場〜水晶小屋〜黒岳〜水晶小屋〜鷲羽岳
天候      超快晴

ブナ立て尾根を登り、三俣山荘からは黒部五郎岳をピストン,笠が岳経由で新穂高温泉までという「親子二人連れ登山隊」最大の山行であろうと思われる、裏銀座を縦走してきました。山中5泊6日の山行でした。

8月7日 快晴
七倉の登山指導所で「去年北穂高岳で会いましたね。今日はどちらへ」と、声かけられてタクシーに乗りました、長野の西沢さんとのことでした。高瀬ダムの堰堤についてザックを担ぐとグンと肩に食い込みます。
水は入っていなくても5日分の食料が入って20キロを越えています。トンネルを抜けて濁川の吊橋を渡る頃はもう、少し体がゆれます。ブナ立て尾根に取り付いて、ポリタンクに2Lの水を補給するともう大変。息子のザックもそんなに大差はありません。これから名にしおうブナ立て尾根を22キロ超のザック担いでアタック開始。
前傾姿勢をとると頭が地面に着くほどの急登をあえぎあえぎ,30分に1度の休憩を取りますが息が続きません。親父より息子はまだきつそうで遅れがちです。日焼け止めクリームを塗った白い顔が青く見えます。
2300Mの三角点まで来れば何とか格好もついて昼食を取る余裕も出ました。
同じペースで歩いていた四国の女性二人組みと、川崎から来た私より年上の単独行と一緒です。今日は野口五郎小屋までなんてスケジュールを組んだのが恥ずかしいです。烏帽子小屋までと予定変更で後はゆっくりゆっくり稜線へ。
そして烏帽子小屋へ実に7時間半かけてブナ立て尾根を登りきりました。抜いた人三人、抜かれた人数知れず。
疲労困憊の体に鞭打ちテンバで自炊。息子は疲れた体にウイスキーを飲みすぎておう吐、親父は興奮で眠れない夜でした。

再登山 2002年8月19日読売新道の記録

 

鷲羽岳(2924m)

登山日    1999年8月9日
登山経路   水晶小屋〜ワレモ乗越〜鷲羽岳〜三俣山荘
天候            快晴

水晶小屋から黒部川源流に下り、雲の平への道を右に分けワレモ乗越へ。
朝、野口五郎岳を出た団体さんが、鷲羽岳をピストンして軍隊行軍宜しく、雲の平小屋に向かいました。
じりじりと夏の日に照らされて,疲労が増してきます。ワレモ乗り越しは厳しい岩稜で,鎖場もあって緊張を強いられます。一気に下って,今度は鷲羽岳への登り返しです。
重い大きなザックに見かねたのか、「こんな大きな荷物を背負って大丈夫かい」中年夫婦登山隊に同情されました。歩いてみると、下から見上げるほどのこともなく山頂へ。
ここもまた水晶岳に負けない大展望が開けていました。
槍・穂高連峰,笠が岳が更に近づいて大きく見えます。更に神秘的な鷲羽池が望まれて感激。正に北アルプスの最深部、360度のパノラマ写真を何枚も撮って山頂を後にしました。ざれた下りは息子が苦手です、スイスイ降りて行く登山者にどんどん遅れて親父は苛ついて何回も叱咤します。
三俣山荘に着いたときは今日も疲労困憊でキャンプは諦めて、先ほどの夫婦登山隊のアドバイスに従い、小屋泊りにしました。
佐賀県からきた山岳家の秀島さんと枕を並べる幸運に恵まれ、布団の中でゆっくり休養を取ることが出来ました。

再登山 2008年8月15日 黒部川源流の記録

 

黒部五郎岳(2840m)

登山日   1999年8月10日
登山経路  鷲羽岳〜三俣山荘〜黒部五郎岳〜三俣キャンプ場
天候     快晴

三俣山荘の布団の中で休んだせいか、又しっかり朝食を摂ったせいか、又重い荷物から開放された為にすこぶる快調です。
そうです、今日はこの縦走の計画を立てたときから楽しみにしていた三俣山荘からサブザックでの黒部五郎ピストンです。
小さな雪渓を踏んで三俣蓮華岳の黒部側を巻きます。そこはもう今まで見たこともない見事なお花畑です。時間もあるのでゆっくりと楽しみたいのですが、花の名前がわからなくては、楽しめません。あちこちで写真を撮っている人に名前を教えてもらいながら、黒部五郎小舎に向かいました。
黒部五郎小舎は稜線から300M下ったところにあり、帰りの登り返しが大変だ。
小舎は黒部平にひっそりとした佇まいで、正に山小屋と言う感じで、ぜひ一度とまりたくなるような雰囲気をかもしていました。
黒部五郎のカールは、今までのお花畑とだいぶ趣が違います。小さな小川がいくつも流れていて、水生の緑の葉っぱの大きな草花が沢山咲いています。
名前の由来となった大きな岩がごろごろと堆積していて,更に景観に花を沿えています。
遅れがちな息子を待つたびに、小川のせせらぎで喉を潤しました。
カールを超えて稜線に登る急坂は見上げるようです。頂上で歓声を上げる先行者に励まされるように稜線へ。太郎平から5時間かかったという登山者と合流して話が弾みました。
頂上までは一登り、ちょっと高曇りとなって日がかげり、暑さから逃れることが出来ました。白山もはっきり見えて、明日の予定の笠が岳の稜線が呼んでいるようでした。
カールをゆっくり戻って黒部五郎小舎で昼食。
30キロを越える荷物を担いだ登山者にびっくり仰天。小屋からの登り返しで佐賀の秀島さんと再会。、今日は鷲羽,水晶と回ってきたとかでその健脚振りに驚嘆、お互いの無事を誓いました。
とにかくこの山の素晴らしさは比類なし、私の一名山です。
三俣山荘に預けた荷物を引き取り、今日はキャンプ゚場でテントを張って休みました。
天気が良いせいか,朝の冷え込みは寒さを感じるほどでした。

笠が岳に続く

再登山 2008年8月17日 黒部川源流の記録

 

笠が岳(2897m)

登山日     1999年8月11日
登山経路 三俣山荘キャンプ場〜双六小屋〜弓折岳〜秩父平〜抜戸岳〜笠が岳山荘〜笠 が岳〜笠が岳山荘〜笠新道分岐〜杓子平〜笠新道登山口〜新穂高温泉
天候     晴

8月11日曇
三俣山荘で朝食を摂りました。やはり朝飯を食べると力の入りが全然違います。
テントを撤収している間に色んな方が激励の声をかけてくれます。笠ヶ岳から昨日来た方から「8時間以上かかりますよ。頑張ってね」に勇気を出します。
今日で山中5日目、息子は少々お疲れ気味で返事にも元気がありません。
三俣蓮華岳、双六岳の登頂は諦めて巻道を双六小屋に急ぎました。
双六小屋に着く頃、ガスがかかり始め、雨がぱらぱら落ちてきました。小屋の前のテラスで休憩して雨着をつけました。雨がひどいと新穂高に下ろうかと弱気の虫も走りましたが、もうここに来ることも無いだろうと思うと笠が岳目指して強行することを息子と誓い、弓折岳に向かって縦走開始。
途中、秩父平に水場があるという小屋の方のアドバイスに水を少なくして荷を軽くしました。弓折岳はガスの中通過。秩父平までは急登あり、スパッと切れ落ちたガレバの肩の道があり、緊張とスリル満天の縦走路です。しかしお花畑も随所にあって慰めてくれます。雷鳥くんとも出会い疲れも和らぎます、秩父平で昼休みラーメンを食べて水場を探しますが水場はどこにもありません。今年は雪が少なかったので雪渓が早く消えたせいでしょうか。がっかりして抜戸岳へのカール状の岩場を上り笠が岳に通じる稜線に立ちました。
稜線はガスと強風で見通しがききません。稜線をちょっと進んだ岩場でアクシデント発生。
息子がバランスを崩し岩場に手をついたときに左手小指を裂傷しました。鮮血がほとばしり慌てて傷の手当てをしましたが、傷が深いのか簡単に血が止まりません。伴創膏とテープをぎゅっと締めて止血、半泣きの息子をなだめて「よく頑張ったな、もう少しだから頑張ろう」と連帯感を深めて、笠が岳への縦走路を急ぎました。
計画表を見ると,ここは槍穂高を左に見ながらの稜線漫歩でしたが、あいにくの強風とガスで思惑はずれは、見透視が悪いのはこの山行で初めてです。キャンプ場に着く頃にはいよいよ風強くキャンプ゚は諦めて,笠が岳山荘に泊ることとしました。
持参したお金も乏しくなり、食料の残りもあることから夕食は自炊にして朝飯付きでお願いしました。息子は早速怪我の手当てをしてもらい一安心です。
超満員の小屋も、通された部屋は新築の8人くらいの部屋で「後から来る人があれば入ってもらいます」も結局三人でゆっくり休むことが出来ました。
「親子二人連れ登山隊」の、これまでの自慢話を,同宿者がしんみりと聞いてくれました。

8月12日 晴
槍が岳の肩から出るご来光を、笠が岳山荘のテラスで仰ぎ、一登りで笠が岳山頂へ。
槍穂高はガスに隠れてしまいましたが、後方の黒部五郎岳の展望は申し分無です。
蒲田川の河原が見えますが山頂までの標高差1800M笠が岳が聳えているということを実感できました。
小屋に戻り随分と軽くなったザックを担いで杓子平に下り、6日前に登ったブナ立て尾根をしのぐ急坂の笠新道には、今日から天気が崩れるという予報の中、盆休みを利用した登山者がひきもきらずに登っていきました。
途中から水切れでダウン寸前となり,息子のことも忘れて笠新道登山口に走り下り、水場で馬のように喉を鳴らして水を飲みました。
下りついたところには昨日山荘で一緒にウイスキーを飲んだ人ばかりで,お互いの無事を語り合いながら分かれました。
小雨が降り出した蒲田川沿いの林道を一時間、新穂高に向かいましたが、親子二人とも涙が溢れ6日間の我が人生最大の大山行の感激を味わっていました。

再登山 2009年8月 双六キャンプ場〜抜戸岳〜笠ヶ岳〜クリヤ谷の記録

 

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