親子で登った日本百名山

九州の山

(祖母山・阿蘇山・九重山・霧島・開聞岳・宮之浦岳)

祖母山(1756m)

登山日   1999年11月27日
登山経路   神原7:20〜5合目小屋〜国観峠9:25〜祖母山10:15/10:40〜神原12:40
天候     曇

「かんぽの宿阿蘇」を5時半出発。夜はまだ明けていません。国道…線を竹田までひた走り玉来を右折して五ヶ所方面へ、更に案内を見落とさないように注意し神原渓谷へ、狭い道を過ぎると広い神原の道に出て一安心、ここまで一度道を間違えただけで到着しました。登山道を少し登った駐車場を7時20分に出発することが出来、何とか13時には戻れる目処もついて今日のスケジュールの確保が出来ました。
九州の山は常緑樹が多いのかなという頭がありましたが、この時期の祖母山は、葉っぱを落とした落葉樹が多く、本州の山と趣は変わりありません。5合目の小屋までは静かな優しい登山道ですがそれから先は急登が続き、歩きにくい掘割の中でもがきますが、予定より早く9時半前に国観峠につきました。
ここで目の前にはじめて霧氷の花の祖母山を見ることが出来ました。赤い着物で着飾ったお地蔵さんと写真をとっている時に、地元の登山者と会い、「長野から100名山巡りをしてこの山にきましたよ」というとびっくりしていました。
ここも登山者が多いのでしょう、荒らされて掘割になった道を40分で頂上へ。大きな温度計が−4度をさしていました。霧氷の花が見事な頂きには、祠が祭ってあり、九州の全100名山を無事上れたことに感謝しました。
この山頂も我が「親子二人連れ登山隊」で独占出来大満足です。雲海のかなたに阿蘇、九重、由布岳が良く見えましたが寒さはなんともしがたく、カップラーメンを食べて名残を惜しみつつ国観峠に下り、ここで後続の登山者に会うことが出来ました。
帰りの飛行機の時間も気になり、走るように駐車場に戻りました。
神原から祖母山の全容を確かめ、カメラに収めようとしましたが、そのようなアングルが無くて、下から見上げる祖母山はどんな山なのか目に浮かびません。もう1度訪れたい山です。

 

阿蘇 高岳(1592m)

登山日  1999年11月26日
登山経路 仙酔峡〜高岳〜中岳〜仙酔峡
天候、   曇

午前中久住山に登った後、牧ノ戸峠から阿蘇の町に取って返し昼食後、仙酔峡へ13時に到着。この時間から本当に登れるのか不安が過ぎります。
花酔橋を越えて更に不安が高まりロープウエィ駅に戻って時間を確認すると「2時間で頂上まで行ける」ということで再出発。
溶岩の固まった仙酔尾根に取り付くと遭難碑があり合掌。ペンキマークを時々見落としながらもどんどん高度を上げて行きます。ハットするような岩場に当りますがしっかりした足場があり難なく通過、少しジグザグを切ると火口縁に到着しました。
案内場で「左に20分も行けば根子岳の展望が楽しめるよ」とのことで少し歩きかけたが、ガスり気味で諦めて高岳へ。山頂にはロープウエィで上がってきた団体さんが占拠していましたが、こちらは仙酔尾根を登ってきた優越感があり、息子と二人みんなの羨望の中ビールで乾杯しました。頂上もガスり気味で満足な展望も得られないのでロープウエィ駅に下りましたが、途中大鍋の月見小屋への道に踏み間違えましたが、これも後で考えると良い寄り道をしたというものです。荒々しい阿蘇の火口縁をゆっくりゆっくり楽しみました。息子はロープウエィで帰れるものと楽しみにしていたようですが、もう最終便が出た後でした。ガスの切れた山頂をバックに写真を撮って仙酔峡に下りました。頂上であった団体さんがわれらと反対に仙酔尾根を下り同じ時刻に下りつきました。

祖母山へ

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九重山(中岳1791m)

登山日   1999年11月26日
登山経路  牧ノ戸峠〜沓掛山〜久住山〜牧ノ戸峠
天候     曇

やまなみハイウェイを牧ノ戸峠まで走り、広い駐車場に車を停めて登山開始。
コンクリートの階段登って沓掛山へ、これから目指す久住山への長い稜線が一望できます。だらだらとした尾根道を歩き続けると西千里が浜に着きます。
初冬のこの時期、前にも後にも歩く人のいない九重の静かな散策を楽しみながら硫黄山を左に見る頃には久住山が目の前に見えてきました。
ちょっとしたガレ場の星生崎下を超えて、避難小屋のある久住分かれにつきました。天気がもう一つでガスが巻いて山頂が見え隠れします。最後の急登をあえいでついた山頂は強風とガスの中で展望が利きませんでした。
時折ガスが切れて九重高原が姿を見せますが満足するものではありません。
寒さに震えながら記念写真を撮り山頂を後に下りました。中岳へは30分の行程ですが、ガスがかかっていることもあり、また今日は午後から阿蘇高岳の予定もあるので、晩秋の色濃い九重の大草原を満喫しながら往路を急ぎ戻りました。

阿蘇高岳へ

再登山 2006.05.10の記録

 

霧島(韓国岳1700m)

登山日    1999年11月25日
登山経路  えびの高原〜韓国岳登山口〜韓国岳
天候     霧雨ガス

えびの高原の駐車場から霧雨と強風の中、展望も何も無い韓国岳を往復してきました。
登山道は石畳の階段を5合目まで登り、後はざれた砂礫の道を間違えないように注意しましたが思い出しても何処を歩いたか分かりません。
とにかく強風吹き荒れる頂上を踏んで写真を撮ったことだけは間違いありません。
火口縁にだけは注意を払い吹き飛ばされないようにしました。
下る途中で今日も京都の夫婦登山隊と顔を合わせました。「又お会いしましたね、これからどちらへ」「これから九重山・祖母山と九州の100名山全部登って帰ります」「いいですね頑張ってください」と会話を交わして別れましたが、今考えるとどうして名前を聞いておかなかったのだろうと残念に思います。
高千穂峰を含めて是非再登山をしたい山です。

久住山へ

 

開聞岳(922m)

登山日   1999年11月24日
登山経路    開聞岳登山口〜山頂〜登山口
天候            晴

11月も末だというのに汗ばむ陽気の中、半そでのTシャツで登り始めました。
樹林帯の中の掘割になった登山道を5合目まで登ると長崎鼻や池田湖が見えてきます。
ゆっくり景色を楽しむ時間はありません。巨石のゴロゴロとした歩きにくい道を通って鎖場を越えると頂上に向かってらせん状に登っていることが良く分かります。右も左も視界が開けると頂上にポンと飛び出します。岩が2つの狭い頂上には東京から来たと言う2人の先行者がいました。「これで今年は30座の100名山だ」と息子が自慢したら驚いていました。
記念撮影とパンを一切れ食べていると、頂上にガスがかかり始めたので10分の山頂スティで下山しました。登るときには良く見えなかった薩摩半島や大隈半島を満喫しながら、Nさんが待つ駐車場に下りました。半そでのTシャッツも汗でびっしょり濡れて上から下まで全部着替えました。途中「昨日宮之浦岳で一緒でしたね」と、京都の若い夫婦パーティが印象に残っています。開聞岳は駆け足登山でした。

 

宮之浦岳(1935m)

登山日   1999年11月22日
登山経路   11.22 淀川登山口6:25〜淀川小屋〜花之江河〜宮之浦岳〜新高塚小屋15:30(泊)
                     11.23 新高塚小屋6:20〜縄文杉〜ウィルソン株〜大株歩道入口 〜小杉谷〜荒川大橋14:00
天候     曇/雨/曇

11月22日
安房のかもめ荘をタクシーで5時出発、
ま暗闇の屋久島を1時間近く走り淀川小屋入り口へ。タクシーの運転手がなれた案内をしてくれました。明日の帰りも出迎えを頼んで身支度整え6時25分出発です。無人の山小屋泊りですから,シュラフに炊事道具を担ぐと結構な荷物になります。夫婦登山隊をすぐに追いぬき淀川小屋へ。
ここで持参の朝食をとりました。淀川小屋には東京からの親子4人の家族登山隊が泊まっていて一緒の出発になりました。30分も休むと後続の20人を超える団体さんが追いついてきました。これはたまらんと息子と二人先を急ぎます。
巨岩のゴロゴロする歩きにくい道を小花之江河へ。更に一登りで山上庭園の花之江河へつきました。荷物を下ろして湿原の写真をとりながら一休み、もうこの時期花が咲いているわけも無くさびしい景色ですが、夏にはどんな花が咲き誇ったのでしょうか?
投石平を越えて巨岩巨石の山々を巻きながら栗生岳につけば宮之浦岳への最後の急坂登り。かもめ荘で同宿した女性二人が早くも頂上踏んで下山して行きました。
頂上は反対側から登ってきた者も含めて結構の賑わいでした。永田岳の岩峰を見ながら岩陰で食事を取りましたがさすが九州最高峰、南国屋久島とはいえ寒さで震えるほどでした。海は見えませんが頂上での展望を満喫して、屋久笹を分けながら焼け野三叉路に下り、平石で振り返ると宮之浦岳の全容を仰ぐことが出来ました。
岩や倒木、笹を分けながら下り、展望台で宮之浦岳に別れを告げて、15時40分に新高塚小屋につきました。
昨日は登山者で溢れかえりテントを張って寝る人も出たというのに、今日は札幌からの夫婦のほか我が「親子二人連れ登山隊」含め7人の贅沢さです。夕飯をしている間に日も暮れて長い夜になりました。夜中に激しい雨が降り出して、いま屋久島にいることを実感いたしました。

11月23日
長い夜も明ける前に、4時には札幌の夫婦登山隊がおき出して朝食の支度を始めました。
外はまだ雨が降っています。5時に第一陣が出発して6時には皆出て行きました。いつものパターンの最後の出発となりましたがこの頃は雨も小降りになっていました。
鬱蒼とした屋久島の杉林の中、雨で滑りやすくなった登山道を、足元に気をつけながら、もくもくと下り縄文杉を目指しました。高塚小屋付近は迷いやすい道ですが、ここまで来ると縄文杉はすぐです。雨もやんで少しガスり気味の中、縄文杉の前に立ちました。何の音もしない静寂の中、我が「親子二人連れ登山隊」だけで20分、縄文杉の前で休むことが出来、感激です。雨で濡れた岩場の悪路、長い階段を慎重に下りウィルソン株へ。この頃になると朝ダムを立った登山者が続々縄文杉目指して登ってきました。ここで汗でびしょぬれになった上着とTシャッツを着替えて雨着を脱ぎました。更に急坂の悪路を一時間も下ると、森林軌道に飛び出して、大きく息をし今下りてきた道を見上げました。
途中三代杉で、ラーメンの昼食をとり、小杉谷で鹿に遭遇したり、高く長い鉄橋にしびれながら8キロの軌道敷を楽しみながらゆっくり下り、荒川大橋を渡り、ダム湖畔の駐車場には14時につきました。

再登山 2010.10.08の記録 (淀川〜黒味岳・宮之浦岳・永田岳〜新高塚小屋〜縄文杉〜荒川登山口)

 

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