山行記
第１日目
荒沢岳前嵓～みる荒沢岳への尾根
６年ぶりに訪れた銀山平の荒沢岳登山口には立派なトイレが建っていた。まだ薄明るい中で先着の登山者が車のトランクを開けて朝食をとっていた。私はテントの入ったザックを担いで「お先に」と言って登山口に入る。
２度目の荒沢岳だが殆ど記憶はない。前山までは一気に高度を稼ぎその後は緩い尾根をゆっくり登る。１２６２ｍのピークを過ぎて少し下った場所でザックを下ろし、朝食をとる。登山口で支度をしていた登山者が軽荷で追い越して行った。鞍部に下りいよいよ岩場に掛かる。登り口には「岩場注意」の看板もかけられている。重いザックを担ぎ、鎖を頼りに木の根を掴んでよじ登る。鎖場ばかりか梯子もつけられている。ようやく前嵓山頂に登りつき、肩で息をしながら前方を望むと更に厳しい岩場が見えて、追い越して行った先行者が岩場に取り付いていた。その先には荒沢岳に延びる尾根が一望できる。
息が整うのを待ってザックを担ぐ。尾根を一旦左に下り、少しトラバースした後、いよいよ核心部の岩場に取り付く。水が滲む岩場を鎖をしっかりと握りながら一歩一歩登る。三点支持などと教えられなくても三点支持でなければよじ登れはしない。ザックが肩に食い込む。鎖に掴まり、岩場にザックを預けながら何回か息を入れる。ようやく登りついた荒沢岳へ延びる尾根上で大きく休憩する。ここに「前嵓」の標識が立っていた。
尾根上に先行者を追うが既に視界にはいなかった。鎖場での体力消耗が激しいが慌てることはない。
荒沢岳めざしてゆっくりゆっくり尾根道を行く。見頃の紅葉が疲れた体と気分を癒してくれる。
山頂主稜線につき、岩場を３回ほど越えると、荒沢岳山頂であった。
前嵓の鎖場を登りきった尾根からみる荒沢岳と荒沢岳山頂
山頂には先着していた三重から来たという川嶋さんが私を待っていてくれた。話をすると新潟の早川さんの知り合いの方であった。山談義を楽しみながら山座同定をする。
前方にはこれから目指す兎岳方面に延びる稜線が良く見える。そしてその向こうに中ノ岳・越後駒ケ岳が大きく羽を伸ばしている。左側には大きな山頂台地の平が岳が見える。川嶋さんは１時間も山頂ステイを楽しんで往路を下って行った。私も昼食をとった後、兎岳方面への縦走路に入る。
荒沢岳から兎岳への縦走路（縦走路にはしっかりと看板もある）
実は今回の山行の第一目標は、この縦走路の中間にある越後百山・灰ノ又山なのである。以前あった登山道を再びヤブを切り開き登山道復活の情報を確認してきたのであるが少々不安がある。ましてや単独のテント泊である。
しかしその心配も杞憂であった。しっかりと刈り払われた登山道には案内看板や危険地帯のトラロープなども設置されていて一般登山道と変わることがなく、目標地点もはっきりしている。最初の目標は灰吹山である。荒沢岳から下った鞍部には池塘もあった。灰吹山までが荒沢岳から１時間のコースタイムである。次なる目標が灰ノ又山で、山腹は草原になっていて気持ちが良い。振り返れば荒沢岳が尖って見えて美しい。越後百山の難山の一つを極めて嬉しさがこみ上げてくる。今日の幕営地も近づいて一安心だ。前後左右何処を見ても感動の山々が見える。
１０分ほど休憩し、幕営地に向かう。
越後百山・灰ノ又山山頂と源蔵山の前にある池塘
源蔵山の前は山頂湿原となっていて草紅葉の中に小さな池塘もあった。源蔵山は南側の山腹を巻き、緩く下ってゆくと巻倉山との鞍部のテント場が見えてきた。笹原と草原の中のすばらしいテント場である。テント場につくと、ここにも池塘があり、「陽の水」と書かれた水場案内看板もあった。近くの潅木の下には登山道整備の為のテントが張られた儘になっていて「荒沢岳～兎岳登山道整備中」新潟稜友会・奥只見山岳会の張り紙が樹木に貼ってあった。有りがたい事である。まだ３時前で陽も高い。ザックを下ろしゆっくりとする。
巻倉山との鞍部にあるテント場
切り開かれた笹原にテントを張る 涸れることのない水場 登山道整備のテントが張られていた
テント場から５分、小さな沢を下って水場に行くと涸れることのない命の水が流れていた。ロング缶のビールを冷やしながら水を補給する。テント場に戻り切り開かれた笹薮の中にテントを張る。「きじ打ち場」も指定されていて、小さなスコップが木にぶら下げられていた。正に新潟県人のサービス精神を見る思いであった。
ロング缶のビールを開け、お湯を沸かして焼酎を飲む。やはり荒沢岳までの登りに使った体力の消耗が激しい。焼酎が少しも美味くないのである。（安物だったせいかもしれない）
誰もいないテント場でも少しも寂しくはない。最近は本当にこんなスタイルの幕営が多いのである。暮れてゆく山々を眺め、陽が落ちるのを待ってテントに入り、シュラフに潜り込む。疲れで少し寝つきが悪かったが風もなく静かな夜を過ごすことが出来た。
第２日目
寝付きは悪かったが十分休養はとれた。お餅2個入りのウドンを食べてテントを撤収しパッキングを済ませる。生理現象も指定場所で指定どおりに済ませる。昨日は飲料水不足が疲労の一つと分かっていたので水場で2リットルの水を確保してテント場を後にする。朝露で濡れるのが嫌なのでスパッツも着けた。草原の中を緩く登って巻倉山に着く。稜線の彼方の兎岳はまだまだ遠い。稜線はチシマザサと草原と小潅木の中ので夜明けの冷気の中正に稜線漫歩である。人間の足とは素晴らしいもので徐々に兎岳に近づいて行き、テント場からは1時間半ほどで兎岳～中ノ岳縦走路の分岐に到着した。分岐から50mほど丹後山側に兎岳の山頂があった。
巻倉山と兎岳から見る中ノ岳～越後駒ケ岳
兎岳から平が岳と荒沢岳からの来し方を振り返る
山頂からは素晴らしい展望が開けていた。荒沢岳からの来し方を振り返り、右回りに会津駒ケ岳・燧ケ岳平が岳・至仏山・日光白根山・巻機山の尾瀬から上越国境の山々が勢ぞろいしている。春登った下津川山も特定できて感激である。更に2週間前遭難紛いの苦労を強いられた大兜山も何とか特定できる。そして八海山・中ノ岳・越後駒の越後三山も目の前だ。その奥には越後山地の山々も良く見える。飽くなき展望を独り占めだ。
展望を楽しんだ後は中ノ岳への縦走路に入る。兎岳の北斜面はチシマザサの群生地で登山道に藪が被さって煩わしい。朝露をたっぷり含んだ笹を掻き分けると見る見る間にズボンはずぶ濡れとなる。雨着を付ける間もなかった。結局濡れるに任せて縦走路を急ぐ。しかし、アップダウンが続く縦走路に辟易とする。「ここが最低鞍部か」と何回も思わせられながら中ノ岳の巨体を目指す。中ノ岳中腹に先を行く縦走者が見えると最低鞍部であった。
縦走路の最低鞍部付近から眺める中ノ岳（標高差350ｍある）
最低鞍部から350mの標高差を登る。びしょ濡れの下半身と登山靴でモチベーションが低下している。「まー1時間の辛抱」と気合を入れる。こういうときはいつも２０分頑張れば１００m稼げると頑張る。ハイマツ帯を過ぎて岩稜帯に変わり、一つ越えると十字峡から日向山経由の登山道が合わさる九合目・池の段であった。先行者がここにザックを置いて山頂を往復して下ってきた。昨夜は丹後山避難小屋に泊まった初老の登山者である。しばし話をした後、山頂を目指す。池の段からは20分であったが兎岳からは3時間もかかってしまい11時過ぎの中ノ岳山頂であった。ここも6年ぶりの山頂であるが記憶にはなかった。
中ノ岳から見る荒沢岳方面と越後駒ケ岳
中ノ岳に10時に着き、越後駒ケ岳に14時前に着けば今日のうちに越後駒ケ岳を枝折峠に下ろうと思ってきたのであるが、これでは到底無理である。今日は越後駒ケ岳の「駒の小屋」泊まりを決意する。登山口では半分はそのつもりであったので食料もあり、焼酎もある。駒の小屋にビールがあれば文句なしだ。
ここでも展望を楽しんだ後、越後駒ケ岳への縦走路を行く。一気に高度を落とし草原と小潅木のアップダウンの中を行くと、岩場に掛かる。岩場には天然の檜の幼木が生える「檜の廊下」である。疲労蓄積で足がもつれ始めるが慎重に岩場を通過する。岩場には見事な紅葉が映えていた。
縦走路から眺める越後駒と「檜の廊下」の見事な紅葉
越後駒ケ岳への登りは「檜の廊下」から小1時間の天狗平から始まる。ここも標高差300mである。疲れた体にザックが重い。息を入れながらゆっくりゆっくりと登る。急ぐことはない焦ることはない。
急坂のハイマツ帯を登りきると「諏訪平」と言う台地に登りつくと草地になっていた。山頂への緩いトレイルからは今日の目的地「駒の小屋」が見える。山頂分岐にザックをおいて300m先の越後駒ケ岳を目指す。残念ながらガスが上がってきて展望を隠す。山頂を後にし、下り始めると単独行者が登ってきた。お互いに写真を取り合う。
私は先に山頂を後にする。
諏訪平からは駒の小屋が見える そして霧が出てきた越後駒山頂に立つ
分岐からは15分下って駒の小屋に着く。霧が流れて天候の変化を感じることが出来る。小屋は避難小屋であるが管理人が入っていて協力費2000円であった。小屋の脇にはテント場もあったが天候悪化が予想されては小屋泊まりに躊躇はなかった。
同宿者は2階に2名、１階に2名、管理人を含めて５人であった。水場も僅か下って沢水が取れた。ビールは置いてなかったのが残念であるが、焼酎がまだまだ沢山ある。お湯を沸かしてどんぶりで5杯も飲むとほろ酔い気分になる。夕飯はレトルトのカレーである。
川越から来たという同宿者と山自慢を語り合いながら時間を過ごす。後で分かったのであるが、私が以前勤めていた会社と同業に勤務する方であった。
雨の心配はなかったが今日も疲労困憊で寝つきの悪い駒の小屋であったが十分に休養が取れたのである。
霧に包まれる前の「駒の小屋」
第３日目
夜半に降り始めた雨は本降りとなり朝方になっても雨足は衰えない。今日は枝折峠か銀山平に下るだけであるので焦りはない。朝食を済ませた同宿者が７時には３人とも雨を突いて下って行った。私も簡単な朝食をとった後雨着を付けて管理人に挨拶して７時半には小屋を出る。
小屋前の水場は雨水を集めて轟々と流れていた。岩場を慎重に下り、潅木帯に下る。登山道は完全な川となって水があふれている。登山靴を濡らさないように道を選びながらゆっくりと下る。最初のポイント「百草の池」に下って一安心する。ここら辺りから雨の中、登山者が続々と登ってきた。やはり人気の百名山である。
掘割状になった道で何回か尻もちをつきながら、駒の湯への分岐小倉山に着く。ここで雨が小降りとなる。更に下って道行山分岐には銀山平への案内もあった。枝折峠に下り車道を歩いて銀山平に下るよりもこの山道を下ることにする。道行山は分岐から僅かであった。雨が上がった山頂でガスが晴れそうな山を眺めながら休憩する。後は踏み跡薄く少々怪しいところもあるが、迷うことない道を１時間ほど下って、北又川林道に下り立った。
対岸の銀山平の民宿や温泉施設の立派な建物を見ながら林道を３０分ほど歩いて枝折峠からの国道に出る。更に再び雨が降り出した国道を２０分ほど歩いて荒沢岳登山口に帰り着く。着替えを済ませ直ぐ近くの銀山平の「白銀の湯」で汗を流した。
銀山平・北又川林道の駒ケ岳登山口
2002.7.9 十字峡～中ノ岳～兎岳～丹後山～十字峡の記録
