山行記
[神威山荘〜峠〜ペテカリ山荘]
神威山荘への林道は昨年9月に神威岳に登ったときに来た道である。
荻伏からR235を離れ、競走馬の牧場銀座を抜けて林道に入る。19.5キロポイントの標識があるところが神威山荘・ペテガリ山荘連絡路の分岐点で、まっすぐ0.8キロほど進むと神威山荘である。林道の支線を左に入り、300mも行くと倒木が道をふさぎ行き止まりとなっている。ペテガリ山荘への案内などは一つもない。
小屋泊まりの支度と食料を入れると15キロくらいになるザックを担いで林道を歩き始めると、すぐに神威岳方面から流れるニシュオマナイ川に出る。5mほどの幅でそれほどの水量ではないが、結構な急流である。登山靴のままでは徒渉は無理だ。徒渉用の地下足袋を持っては来たが、ここは靴を脱いで裸足で渉る。雪解け水を集めて冷たい水に悲鳴を上げる。
再び登山靴を履いて廃道になった林道を進むと、昨年の台風による被害か、崖崩れが随所に見られ、山肌がむき出しになっていた。1キロほど進むと林道も終点となり、いいよ小さな沢の沢登りとなる。
それとなく人が歩いた跡が有り、沢の中に道は延びていて、大きなフキがその踏み跡を隠している。それに変わるように要所要所には赤いテープが下げられていて、ナビゲートしてくれる。
沢を横断する時は、少し水の中に靴が沈むが、防水性のよい靴であるから少しも心配ない。
出発してから45分ほどで高さ5mほどの小さな滝を高巻く。ここらあたりが峠までの中間点であろうか、ザックを下ろして一息入れる。
徐々に水量は細くなり水が枯れ始める頃、沢は二つに分かれる。右側への涸れ沢に赤テープがあり、そこに進むと湿った沢床を踏みしめながらの急坂となる。やがて笹藪を漕ぐようになり、上を望むと峠が目の前だ。思ったより順調に峠に立つ。ここまでは歩き始めて1時間半の所要時間である。
テープの跡を追うと、すぐ急坂の下りになり、登ったときと同じくらい高度を下げると、笹藪の中の道となる。湿った土の上にクマの足跡があり緊張する。笹薮の中の平坦な道に出て、しばらくすると林道跡に出る。コイカクシュシビチャリ川の上流を徒渉してペテガリ林道の支線に出る。ここまでくればもう後は安心、ひたすらペテガリ山荘目指して林道を歩く。
林道を1時間半、神威山荘近くから歩き始めて3時間半で今日の目的地ペテガリ山荘には15時過ぎの到着であった。
苦労してたどり着いた山荘には静内と三ッ石からゲートをくぐり抜けてきた渓流釣りの2組4人が先着していてよい気分とはいえない気持ちを持つ。
ペテガリ山荘は噂通りの素晴らしい山荘でとても山小屋とは思えない清潔さを保っている。炊事場もきれいでトイレは夜間照明のライトもついている。寝具も1組あって萱野氏と二人で敷き布団に利用させてもらう。
萱野氏とビールを開け、夕食のうどんをすする。そして少しばかりの酒を飲むと疲れもあってシュラフに潜り込む。翌朝早い出発でもあり、興奮のせいか良く眠れないながらも、目をつむり、一晩を過ごす。
[ペテガリ岳登山]
北海道の朝は早く、3時過ぎには薄明るくなる。早立ちの私たちに合わせて渓流釣り組も起き出す。
ペテガリ岳への長丁場を覚悟し、軽荷にして3時50分には登山道に入る。10分ほどで小屋裏の小さな沢を詰めると樹林帯の中にジグザグ切った登山道が延びている。朝露にズボンを濡らしながらすすむ。
ジグザグ道も、やがて笹藪が登山道を被い隠している。笹ダニが怖いが委細かまわず突破する。
笹藪が切れると傾斜もゆるみ最初の目標1050m峰に登り着く。ここまで1時間半、ガイドブックよりは少し早めの到着となった。峰は格好の休憩ポイントとなっていて、ここで朝食をとりながら15分の休憩をとる。
次なる目標地点はここから始まる尾根道の縦走路の先1301m峰だ。
その前に1293m峰も越えなければならない。アップダウンのきつい縦走路に入る。
登山道は北海道の山にしてはよく整備されていて、迷うことも躓くこともない。ダケカンバの灌木帯の尾根道は明るくとても快適である。最初のピークを登ると小さなアップダウンを繰り返し1293m峰を1050m峰からちょうど1時間で通過する。
ようやく左前方にペテガリ岳の山容が望まれるようになるが、山頂は厚い雲の中で姿が見えない。
更に1時間、何回かのアップダウンを繰り返し、縦走路の端1301m峰につく。ペテガリへの最後の登り500mの登山道が雲に隠れる山頂に延びているのがわかる。もう一度腹ごしらえと栄養補給してペテガリへの最終アタック姿勢に入る。
まずは登りの前に60mほど鞍部に下る。見上げるとペテガリ岳が被さってくるような急登に気合いが入る。
登山者に削られたものか、掘り割りになった登山道をゆっくり登る。長い縦走路を歩いて体力と脚力の衰えた体には本当にきつい登りだ。しかしこれを乗り越えないと「遙かなる山・ペテガリの山頂」には立てないのだ。いくつかのピークとおぼしき高見で息を整えながら登り続ける。右足は痺れがき始めている。
幸いというか登り続けるペースに合わせ、空も明るくなり、ガスが切れて行く。
ハイマツ帯に出て息を整えている間に山頂が望まれるまでになる。
最後の力を振り絞ってペテガリ岳の山頂標識の立つ峰に登り着く。
ペテガリ山荘からは5時間半も掛かったが、まさに日高連峰の「遙かなる山・ペテガリ岳」を制して感激である。冬の間体調を崩して体力に不安を感じていた萱野氏も感激の面もちである。二人でがっちり握手をして感動を分け合うのであった。あいにく周囲の山々にはガスがまとわりついて、展望は得られない。北側は特にひどく、あこがれのカムイエクウチカウシ山などを望むことができなくて残念だ。南方は神威岳の手前の峰・中ノ岳が頭を霧の中に隠して聳えている。
山頂付近は、ちょうどキバナシャクナゲが満開で可憐な花ビラを惜しげもなく見せている。黄色いシナノキンバイだろうか、これもまた満開である。山頂から西側のBカールにはまだ残雪があり、日高の山を実感させられる。
パンやおにぎりを頬張り、写真を撮りながらながら何とも言えない気分の一時を過ごす。
帰りの時間も気になり出すとゆっくりゆっくり名残を惜しみながら山頂を後にする。
あれほどあえいだ急坂を一気に下り、1301m峰に下ると曇り空では有るが、山頂はしっかりとその姿を現していた。何回も振り返りカメラに納める。
体力の消耗が限界に近くなるが、時々現れる残雪を口にして、体を冷やしながら2時間かけて1050m峰まで縦走路を戻る。更に転げ落ちるようにしてジグザグ道をペテガリ山荘まで下ったのである。ペテガリ山荘到着は、出発してから10時間半後の14時20分の長丁場であった。
しかしペテガリ岳登山はこれで終わったのではない。
[ペテガリ山荘〜峠〜神威山荘]
ペテガリ山荘に残した荷物をまとめ、パッキングするとまた重いザックを担いでペテガリ林道に入る。
体も足も限界を越えているが、「誰も助けに来てはくれない。自分の足で神威山荘までの4時間を歩かなければならない」と思うと二人とも口数も少なくなり、黙々と歩く。
林道終点までほとんど休憩もとらず昨日と同じくらいの時間で歩いた。峠の登り返しはきつかったが17時には着いて安心する。後は下るだけである。疲労のために足元がおぼつかなくなって、何回か水流に靴を没しながらも懸命に歩く。
18時を少し回って、ようやく林道に入る。後は登山靴を脱いで裸足でニシュオマナイ川を徒渉し、車の待つ登山口に着いたのである。びしょ濡れになった着衣を全て着替えてさっぱりする。
「遥かなる山・ペテガリ岳」は大いなる経験と思い出を残してとうとう制することが出来たのである。
同行の萱野氏には語りに尽くせぬご好意を戴いたことを書き添えずにはいられません。
有難うございました。
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