第二回千曲川ハーフマラソン敢走記 (2016年3月13日) 50歳から始めたランニング人生のラストランを飾る,第2回千曲川ハーフマラソンを走りました。 スタートから終始最後方を走り、千曲川の堤防道路を春風に乗って、万感の思いでラストランを楽しむことが出来ました。 駐車場に着いたのはスタート前1時間以上あったのですが、白鳥園付近の駐車場はすでに満車で戸倉体育館の駐車場に止める羽目になり白鳥園まで10分以上の距離です。「これでは自宅から歩いてきたほうが早かったな〜」と云う思いです。 白鳥園の隣の戸倉創造館が着替えや荷物預かりなどの会場になっています。 参加賞のTシャッツなどをもらい、ジャージを脱いで荷物を預けました。 今朝は気温が低く震えがくるほどですが、ムスコは半ランパンで走ります。 私は長袖シャッツにランニングウェアー、タイツを履いてランパン姿です。 スタート会場に出るとすでに開会式が始まっていて岡田市長などの歓迎のあいさつが始まっていました。ゲストランナーは地元期待の中年ランナー利根川裕雄選手でっす。利根川選手40歳を過ぎても進化中でフルマラソンを2時間20分切って走っています。 来賓のゲストの挨拶を聞きながら入念にストレッチをしました。気分が高揚してきます・ 2時間切りを目指すムスコはCブロックの中段に並び、私は最後方に並びました。 定刻9時、スタートの号砲が鳴りました。 今回は昨年より500名も上回る2500名近い参加者です。 最後方の私はスタートゲートまで5分近くかかりました。 私のすぐ前を真田信繁・竹林院・小山田茂誠の仮装した真田武将隊が走っていたので、一枚撮りました。真田武将隊仮装大賞間違いないでしょう。 重装備の真田信繁は脚につけていた仮装具を外して、この先私と同じペースでゴールまで一緒でした。 写真を撮り終えて前を向くと本当のしんがりになっていて少々慌てました。 「今日は1キロ7分30秒ペースで」と決めていましたので焦ることはありません。 後に真田武将隊を引き連れて万葉橋を渡り、上山田温泉の千曲川左岸を1キロほど走って再び大正橋を渡って千曲川右岸堤防道路を北上です。 まだ3キロにもならないのに、何人か私に追い抜かれてゆくものもいますが、「私に追い抜けれたらう完走できないよ」と思いながら快走です。 冠着橋の先5キロ地点は36分で通過です。(記録はスタートゲートからの自己計測です。) 平和橋の先は一部未舗装区間があります。 人気の大会にするにはこんな砂利道を走らせるようではダメですね。 大勢の市民が沿道で応援できるように、拡幅整備中の市道・大西線が整備されたら、コース変更して欲しいものと思います。 砂利道を走り終わって再び堤防道路に出ると千曲橋が見えてきました。 更埴運動公園を周回して千曲橋を渡ります。 この付近に来ると私の前方も後方もランナーはまばらです。 千曲橋を渡って再び千曲川右岸道路に出ました。 10キロ地点に給水所設けられていました。(10キロ通過1時間14分) 給水所で水分補給した後は練習でいつも走っている堤防道路を南下してゆきます。 南風が少し強く感じます。 練習のときは単調な堤防道路で長く感じるのですが、今日は周りに足を引きづったような、ヨタヨタ走りの老ランナーがいて心強いです。「周りから見れば私も同じような走りなんだ」と悲しくなるような走りです。 時々心が折れそうになりますが「今日のラストランは足を止めることなく走り切ろう」と心に決めています。 練習時のスタート地点に来ると後を付けた老ランナーの足が乱れ始め、私は「お先に」と前に出ました。 冠着橋からはしばらく堤防道路を離れ、田んぼ道を走ります。 ボチボチ足が動かなくなってきましたが何とか15キロ通過です。(15キロ1時間53分) ボランティアのコース監視員に「制限タイムまで間に合うかな」と声かけると「間に合わね~ど」と返ってきてムッとしました。 気を取り直して田んぼ道を走り切って冠着橋を渡ります。 冠着橋の中間が18キロ地点で11時15分制限時間まで45分ありました。 これで完走が見てきて一安心です。 橋のたもとで幼友達(と云っても73歳になる)の、かっちゃんが「くんちゃんがんばれ!」と応援してくれました。 「大丈夫絶対完走するから」と声かけて走り抜けました。 冠着橋からは往路の右岸堤防道路を南下してゆきます。 スタートからほとんど一緒に走ってきた真田武将隊に声かけました。 「小山田殿ワシの写真を撮ってもらえないだろうか」 小山田茂誠、「承知つかまりました」と快く写真を撮ってくれました。 「25年のランニング人生のラストランだ」というと褒めてくれました。 脚が痺れてほとんど感覚がなくなりましたが、気分は上々です。大正橋のビクトリーロードを往復してゴールの白鳥園に戻ってきました。 2時間48分台での堂々の完走です。 私の後には20名くらいが続いていたと思います。 1時間51分で先着したムスコにゴール前で写真を撮ってもらいました。 2時間25分で完走していた「ラン友・rommyさん」から電話が入り、休憩所に向かいrommyさんのご両親と初対面の挨拶をしました。 同じ年のご両親に「ナガイさん偉いね~・ムスコさんも頑張りましたね〜」とエレく褒められると、瞼が濡れてきました。 「もうこれが最後のランニング大会出場です」というと「これからも登山にスキー楽しんでね」と言われました。 長野マラソンが縁で知り合えたrommyさんとそのご両親との絆がまた強くなったというものです。 50歳から始めたわがランニング人生のフィナーレの大会は無事に終了したのであります。 大会公式記録は2時間52分30秒で70歳以上男子の部30位、総合順位1729位でした。 これからフルマラソンやハーフマラソンを走ることはないでしょうが、15キロや10キロの健康マラソンには出るかもしれませんね。何しろ優柔不断の性格で、幕を下ろすことの難しさがあります。 |