群別岳 クンベツダケ 標 高 1376m 日本の山1000 山 域 増毛山地
登 山 記 録
登山月日 2017年4月16日〜4月17日
登山経路 4月16日
群別林道除雪最終地点(入山口)13:20〜林道途中(幕営地)15:50
4月17日
幕営地点5:20〜熊の平5:30〜後続パーテイと合流(標高600m付近)7:40〜南峰岩峰前10:30/10:40〜群別岳11:25/11:50〜南峰12:30/12:40〜標高600m付近〜幕営地15:50/16:10〜入山口18:15
行動時間 第1日目 2時間20分 第2日目 12時間55分 合計 15時間15分 (休憩時間・ロスタイム含む) 
天 候 第1日目 晴  第2日目 快晴
メンバー 単独 途中から後続の4人パーテイの後ろに付かせてもらう
情   報
アクセス 入山口はオロロンラインから浜益の火葬場を通り林道を5キロほど入った 火葬場から先は未舗装
トレイル 林道を数キロ歩き、後はトレースを追った
水場・トイレ 水沢水取れるが飲用は? toiletは無い
その他 後続のパーテイと好天に恵まれ素晴らしい展望が得られた
山行記


熊の平から見る群別岳


 白眉の群別岳に立つ

第1日目


林道途中で幕営

日本海側を走る国道オロロンラインから旧浜益村の斎場を見て林道に入り、群別川に沿って数キロ走ると除雪終点になっていて数台の車が停まっていた。ここから日帰りするには林道3時間・その先を4時間の7時間コースを歩かなければならない。脚力の落ちた今12時間以上を要する日帰り登山は少々厳しいものがある。林道を終点付近まで歩いて幕営、翌日幕営地から郡別岳山頂踏んで下山することを決断した。
パッキングを済ませ重い荷物を担いで13時過ぎの出発である。林道上の残雪は気温の上昇で緩んでいたのでワカンを付けて歩いた。単調な林道歩きが続き1時間半ほど歩くと3人組のスキーをはいたパーティが下ってきた。「山頂付近は風強く霧もまいてあまり良い天気ではなかった」と残念がっていた。私はデジカメを車の脇に置き忘れてきたことに気付き、「見つけたら車体の下に置いておいてください」とお願いして交差した。更にこの先2パーテイ8人とスライドしたが、全員山スキーヤーであった。2時間半ほど歩いて水も取れる林道脇にテントを張ることにし、風除けを考えてダケカンバの林間に張った。持参したビールと焼酎を飲みレトルトのカレーを食べて寝袋に潜り込んだ。


第2日目


熊の平から見る(左)幌天狗・(右)群別岳


来し方を振り返ると日本海が


南峰の岩峰・奥徳富岳


郡別岳山頂・山頂から見る浜益岳方面


後に付かせていただいた(左)佐竹さん・南さん(右)角井さん・高橋さん

前夜は熟睡までとは言えなくとも睡眠もとれたが朝方は冷え込んだ。明るくなる前に起きてお餅入りのラーメンを作って十分の腹ごしらえをした。アタックザックにポカりと水昼食のパンなど入れてワカンをぶら下げて5時過ぎに幕営場所を出発した。林道終点までは15分ほどであり、その先にトレースを追うと群別川支沢のスノーブリッジを越えて対岸に渡るとダケカンバ林の平坦地が続いていた。昨日スライドしたスキーヤーに「熊の平にテント張るのか」と声かけられた熊の平で、まさに幕営好適地である。ダケカンバ林を進むと前方に真っ白な山頂が見えてきて「あれが目指す群別岳」と勘違いしカメラを向けた。さらに進むと前方右側が開けてきて三ッつの岩峰を持つ山頂が見えてきて、「あれは群別岳の右にある奥徳富岳」だろうとさらに勘違いする。スノーシューやスキーのトレースは左側の白い峰を目指して続いていたが、もうすぐ尾根に差し掛かるころ右下の台地に下っていた。そして台地状を横切って行き、一向に白い峰に登りあげて行かない。「おかしいな〜このトレースは奥徳富岳へのトレースでは」と、地図を広げスマホの地図アプリで位置確認するほどであった。左の白い峰は「幌天狗」で、右奥の岩峰が群別岳と思うのにはまだ時間が掛かった。さらにトレースを追っていると、右後方から4人組が現れた。近付くのを待って声かけると、間違いなく群別岳目指していることが分かり、「後ろに付かせてください。十分間を置きますから」と声かけると、リーダーらしき方が「良いですよどうぞ」と快諾してくれた。まさに救われた思いであった。
女性が先導するグループは中に私とはそれほど変わらぬ年齢の男性2名を挟み、リーダーは屈強な岳人風である。私は数十歩の間を置きながらグループの踏み跡を追わせてもらい、休憩のたびに追いついて打ち解けていった。先導の女性は先行のトレースなどに目もくれず直線的に山頂を目指して急坂を登りあげて行く。私がアイゼンを忘れたことに気付いてリーダーの指示で厳しいクラスとした斜面のトラバースではしっかりとステップを切ってくれるのであった。私も「もし滑落したらこのメンバーにも迷惑が掛かるので」ピッケルをしっかりと利かせて慎重に後を追った。南峰の岩峰直下には10:30の到着である。グループの長老二人はここにザックをデポしカメラだけ持って山頂アタックであるが、先導の女性とリーダーは下山は奥徳富岳経由で下るという。南峰からすぐ先はこのコース最大の難所であって滑落・雪崩の危険を感じる40度近い斜面を100mほどトラバースしなければならない。幸い昨日のものと思われるトレースが残っていて、女性が慎重に先導して行く。私はここも数十歩遅れて後を追い、トラバースが終わるとようやく目の前に群別岳本峰が聳えていて心が躍る。最後は少し傾斜の増した尾根上にトレースを追って、11:25にマイナー12名山に数えられる群別岳山頂に立った。
快晴無風の下、群別岳山頂からは雄冬岳・浜益岳・暑寒別岳など増毛山地の主峰の展望が開けていて、両隣の幌天狗が露払いで奥徳富岳が太刀持ちを務めているようなロケーションである。写真を撮りあった後、奥徳富岳に回ろうとしていた若い二人も往路を一緒に戻る事に翻意して、20分ほどの滞頂で群別岳を後にした。私は山頂動画を撮り5分ほど遅れて下る。トラバース道を慎重に歩いて南峰直下で昼食休憩を取ったが、このころにはすっかりグループに打ち解けることができた。南峰からの下山は往路を外れ樹林帯に下るスキーのトレースを追って、急坂では尻セードも楽しむ。長老の1人が足が攣り何度か休憩を挟む。登りにグループと合流した地点で私は「テントの撤収があるから」とお先に下ることにした。幌天狗の下部台地を行くころになると雪が緩んで足を取られるのでワカンを付けたが、腰痛が出始めて急ぐことができない。熊の平からスノーブリッジを渡るころには徳富岳を滑降してきたと云う単独スキーヤーが現れて驚いた。スキヤーと話をしながら下っている時にワカンが藪に引っかかって脚を取られ思い切り前転してしまった。その時に右足の脛を強打、膝を捻ってしまい痛みを覚え腰痛の上右足を引きずりながらゆっくりと歩くしかなかった。スノーブリッジを渡り林道に出ると後続のグループが追いついてきて私を気遣いながら幕営場所に戻った。幕営場所で長老の角井さんが痛めた足をテーピングしてくれ、幕営道具を小分けして担いでくれるというありがたい申し出でであった。4人組は炊事道具やスコップを担いでくれて先に下った。
私はテントを撤収パッキングを済ませ15分遅れ位で幕営場所を出発、痛い右足を庇いながら修羅場の林道歩きが続いた。何度か立ち止まって痛みに耐え、2時間強かかって駐車地点には18:15に下った。未だ明るいうちの下山にホッと胸をなでおろした。車の脇にはビニール袋に入った幕営道具などと共に密かに心配していたデジカメも入っていて安心した。着替えを済ませ海岸沿いのオロロンラインに出る頃は夕闇迫っていたが、浜益温泉に着いたときはすでに4人組は入浴を終えて出発した後であった。私も温泉で汗を流し疲れを落としたが、右足は更に痛みを増していた。

4人組とは富良野の岳人佐竹氏・南女史、旭川の角井さん・高橋さんである。難関マイナー12名山の群別岳に立てたのは4人の皆さんの温かい支援のたまものと思っている。

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