i硫黄山・知床岳

硫黄山 イオウザン 標 高 1563m 一等三角点百名山

山 域

知床
登 山 記 録
登山月日 2006年8月15日〜16日
登山経路 8月15日
岩尾別温泉10:50〜羅臼平14:30〜三峰キャンプ場15:10
8月16日
三峰キャンプ場5:15〜二つ池7:10/7:20〜南岳8:00〜知円別岳分岐9:00〜(ロス20分)〜硫黄山10:30/10:40〜新噴火口12:00/12:30〜硫黄山登山口14:35/15:00〜知床大橋15:10
行動時間 第1日目 4時間20分 第2日目 9時間55分  合計13時間15分(休憩時間を含む)
天  候 第1日目 晴  第2日目霧雨/晴
メンバー 第1日目は単独、第2日目は札幌のベテラン登山家中川富夫氏と二人


林道から見る知床連山の硫黄山と一等三角点の山頂


岩尾別温泉から羅臼平に登る(左・羅臼岳 右・三峰)


三峰キャンプ場にテントを張り、二つ池キャンプ場は翌朝霧雨の中


霧雨と強風の中山頂を踏む、山頂に咲く花と山頂直下の岩場


山頂を辞して硫黄川を下り、新噴火口最上部に来ると霧も晴れる


札幌の中川さんに羅臼平からの縦走を案内していただきました

情  報

アクセス 岩尾別温泉までは舗装道路 知床大橋からはシャトルバスで岩尾別温泉に戻る
トレイル 羅臼平までは人気の百名山コース 
縦走路は一部藪・ハイマツがが煩い 知円別岳分岐から先の道は迷いやすく滑落の危険ある
硫黄山直下の下山道も注意が必要 硫黄川の川原もしっかりペンキマークを追うこと
水場・トイレ 水場 羅臼平までは弥三吉清水・銀冷水 縦走路にはオッカバケ岳手前に流水あるが煮沸必要
三峰・二つ池キャンプ場では水は取れない 
トイレは岩尾別登山口以外は無し
その他 花の百名山で特にエゾコザクラ・シレトコスミレが見事

山行記

知床連山の先端にある硫黄山は一等三角点百名山で、花の百名山の一座でもある。そしてそこは世界自然遺産に指定されたヒグマ生息密度世界一と言う猛烈に危険な山域でもある。
ここを歩くには単独行動は厳に慎まなければと思うのであるが、一緒に歩いてもらう連れもいない。カムエクを一緒したほろしり氏も都合がつかない。
私は「2006年北海道山行」を決めた時からこの悩みと戦うのであって、出した結論は「登山者が多い盆休みの間なら羅臼平から他のパーティの尻に着いて歩くか、キャンプ場で同行者を探すしかない」と言うものであった。
淡い期待を抱きながら、2000年に息子と二人で登った羅臼岳の登山口、岩尾別温泉・地の涯ホテル前に着いた。
初日は羅臼平を越えて、三峰キャンプ場まで4時間半の行程であるから、11時に出発すればよいかと思い、途中は前回とは反対側の羅臼町方面から知床峠を越えて走ってきた。
登山口の手前の道路には人気の羅臼岳に登っていると思われる登山者の車が路肩にとまっている。私はうまいことホテル前にスペースを見つけ駐車することが出来た。そして一晩泊りの支度をして、テントを担いで登山口にある木下小屋で登山者名簿に記入して登山道に入る。
実は硫黄山は知床大橋の先にある硫黄山登山口への進入が落石の恐れがあるため禁止されているのである。そのために硫黄山を登るには羅臼平から知床連山をピストンしなければならない。登山計画にはもちろんそのように書いて出発したのである。しかし、事前に知床自然保護センターに問い合わせしたり、木下小屋付近で登山指導をしている方の意見を要約すれば、「硫黄山の登山口は閉鎖されているが羅臼平から縦走し山頂を極めた下山者を規制することは出来ない」と言うことである。
6年前の記憶は遠いものであった。弥三吉清水までは簡単に着くものと思っていたが、緩い登山道ながら結構時間がかかった。更に銀冷水の水場を超えて涸れ沢を登り、雪渓から流れる水を補給して羅臼平には午後2時半過ぎの到着となった。
この時間では羅臼岳の再登山はあきらめざるを得なくなり、しばし休憩の後、三峰への道に進む。見上げれば先行する登山者がいて少し安堵する。三峰の峠までは簡単に登りつき、見下ろすキャンプ場には3張のテントを確認できて更に安心だ。峠から草付の道を15分も下ると、今日の野営場所・三峰キャンプ場である。
先にテントを張ったパーティに挨拶する。私の直前に着いた方がテントを張り終えるところであった。私は同年輩と思われるこの方に淡い期待をしながら明日の予定を尋ねる。「明日は硫黄山に登って知床大橋に下る」という返答に小躍りするのであった。「よしこれで硫黄山は決まり」と思うととてもハッピーな気持ちになり、明日は一緒にお願いしますと同行をお願いする。快い返答を得るとテントの中でゆっくりと休むことが出来たのである。

静かな知床連山の夜であったが、夜明け前にパラパラと来た雨で起きる。外を覗くと霧が巻いている。しかし今日は早朝5時出発を約束しているのでテントの中で素早く朝食をとり、テントの撤収を始める。同行を約束した方もテントをたたんで5時15分の出発になった。まだお互い名乗りあってはいなかったのでここで名乗りあう。札幌から来たN氏であって、硫黄山はもう3回目だと言う。そしてこの縦走路も2回目だと聞くと、本当に地獄で会った仏さんという感じで、難関硫黄山はもう完全に手の内に入ったものと確信するのであった。
三峰キャンプ場を出て最初のピーク・サシルイ岳への道を進む。霧の中で状況は良くわからないが昨日見上げた登山道よりは緩く感じられる。私は山頂で不覚にもBen意をもようし、山頂の影で失敬する。
次の目標は二つ池である。一旦大きく下ると登山道は沢の中に入ってびっくりする。そして沢の中をどんどんと高度を下げてゆく、「本当にこれでよいですかね」と後ろに続くN氏に声かける。「これしか道は有りません」と返事が返る。私はまだこの時点では後ろに続くN氏を先導している思いが強かったのである。二つ池のすぐ前の登りついた所がオッカバケ岳であった。ここで小休止し、二つ池に下る。霧の中に幻想的な高層湿原が広がっているが、全容を図り知ることが出来ないのは残念ではあった。ここもキャンプ指定地になっていて盆前にはテントを張る場所もないくらいの賑わいもあると言うことは聞いてはいたが、今日は一張のテントもなかった。最もここに来る直前、霧雨を嫌って硫黄山への縦走をあきらめて羅臼平に戻る登山者一名とはすれ違ってはいたのであるが。ここでも少し休んで次の目標は南岳である。ハイマツが登山道に被さり、藪漕ぎ状態になるが気力でこれを突破し山頂に着く。展望はないがこれから先は少しは登山道の状態もよさそうである。少し下ると平坦な草原かお花畑に出る。天気がよければゆっくりとしたい所であるがそれもままならない。霧の中少し予定時刻を上回れば先を急ぐしかないのである。特にシレトコスミレやエゾコザクラを見ればカメラに写したい欲望が湧く。
次は知円別岳分岐が目標である。ここには思ったほど早く到着した。しかしここで縦走路が消えていたのである。案内板に従い左側の山に薄い踏み跡見つけ、そこに踏み入れる。後ろについたN氏はしきりに周りを眺めている。実はここは知円別岳であって、北側が大きく崩壊しているのである。
ここから先はN氏が先導し道を選ぶ。知円別岳の山頂まで登ってみるがそこで踏み跡も消えていた。慎重に分岐まで引き返し、よく観察すると崩壊地の中に案内の杭を見つける。そしてガレバを通り過ぎると、火山灰が凝結して出来たのだろうか、羅臼岳方面からも良く見えるあの白い峰とナイフリッジの岩場を越えてゆく。この縦走路で一番緊張するところである。このころになると霧雨と強風が更に強くなり、今にも吹き飛ばされそうになる。耐風姿勢をとりながらN氏の後を懸命に追う。そして岩陰の中しばし休憩の後、第3火口跡を覗く。そして慎重に岩場を下って、目指す硫黄岳のコルに到着したのである。
しかし、ここから最後は高度差100m位はあるであろうか「硫黄山山頂への道」だ。私は「どうしても山頂を踏みたい」とN氏にお願いする。「もう15分もあれば踏める山頂だからご一緒しますよ」うれしい答えが返る。
ザックを岩陰に置いて、火山礫の積み重なる(溶岩ドームかもしれない)山頂へ最終アタック開始である。岩場には薄い踏み跡あるが、雨に濡れて更に薄い。少しハイテンションになった私は息も切らさずに岩場をよじ登る。そしてN氏も後に続く。
霧雨と強風と言う悪条件の中、とうとう一等三角点百名山最後の山・硫黄山の山頂に立ったのである。
私の体の中の血液が逆流し、なんともいえない感動が湧く。N氏に憚らず私は涙を流しながら万歳を連呼する。そしてN氏の手をしっかりと握り、「ありがとう・おありがとう」と礼を述べるのであった。
山頂は思ったより広く岩陰にはは可憐なリンドウも花開いていた。
しばし感激を味わった後、岩場を慎重に下る。
下山道への道を探すのに暫く時間をとられたが、それを確認できれば一安心であった。そして小食を取りながら休憩する。後は岩場や硫黄川川原にに付けられたペンキマークを忠実に追い、ヒグマと遭遇しなければと思いながら慎重に下るのであった。
途中から硫黄川を離れて樹林帯に入る。少し下ると知床半島を遊覧船が行くオホーツク海が見渡せる硫黄山新噴火口最上部に着く。ここに来ると霧も晴れて太陽がまぶしい。見上げると硫黄山はまだ雲の中であった。N氏とここでゆっくりと休憩を取り、お互いの健闘をたたえあう。N氏は札幌のベテラン登山家であって、私などは足元にも及ばぬ経歴を誇っている方であった。ここ硫黄山でも又素晴らしい山友達を得ることが出来たのである。
戦前の朝鮮人徴用工による痛ましい硫黄山掘削跡などを見ながらゆっくりと下る。最後はダケカンバの幼木林の中、硫黄山登山口に下りつく。確かに硫黄山の登山口の入林ポストは撤去されていた。
知床半島の先まで延びる林道で再び休憩する。ヒグマの通り道であるが難関硫黄山を制して充実感はヒグマの恐怖感よりも上回るものがある。知床大橋まで通うシャトルバスもすぐそこに見えればなおさらである。
10分ほど歩いてシャトルバス乗り場に来る。通行禁止になっている知床林道の反対から来た私たちを見て「どうして来たか」と詰問する道路管理人と一悶着起こす。お互い事情がわかればもめることもない。N氏も納得してシャトルバスに乗り込む。
シャトルバスは盆休みで臨時便を出していて、待つこともなく岩尾別温泉まで帰ることが出来たのである。
私は登山口の木下小屋に行き、登山届けに下山を記録して車に戻る。
N氏がキャンプを張る羅臼町の羅臼温泉野営場まで送り、これまでの同行に感謝の思いを伝え、更にお互いの健闘と今後の再会登山を約してお別れしたのである。

羅臼町のはずれに来て、着衣を着替え、弟子屈町で食事をとった後、次の目的地然別湖畔への長いドライブを続けたのである。

 


知床岳 シレトコダケ 標 高 1254m 日本の山1000 山 域 知床連山
登 山 記 録
登山月日 2019年4月4日
登山経路 相泊4:50〜カモイウンべ川5:10〜カモイウンベ川支沢6:25〜標高600m付近8:00頃〜標高920m付近(撤退地点)10:25/10:45〜600m地点12:30/13:00〜カモイウンべ川15:00〜相泊15:30
行動時間 撤退地点まで 登り 5時間35分 下り 4時間45分 合計 (休憩時間・ロスタイム含む) 
天 候 曇樹林帯を抜けると強風
メンバー 単独
情   報
アクセス 相泊漁港まで舗装道路
トレイル 海岸線から100%雪上歩き
水場・トイレ toiletは漁港にあるが使用不可 水場は無し
その他 昨年より100mほど前進したが強風・烈風で敗退
山行記

カモイウンべ川河口・上流のスノーブリッジ


樹林帯を抜けて急登を見上げる


標高900m地点強風で撤退


2年連続の知床岳アタックである。昨年は道迷いの挙句、正規ルートに戻って急登を登り切ったのであるが、ハイマツ帯で完全に雪が途切れていたうえ時間切れで登頂断念であった。今年は北海道雪山登山を決断した後、羅臼町の気象情報を見ながら積雪状態などを確認していた。4月1日現在羅臼町の積雪深は40センチで昨年よりは良い条件で登れそうである。4月2日苫小牧に入った後3日には羅臼町まで走って相泊には午後着いた。昨年は海岸線には雪は殆ど無かったが今年はたっぷりと残っていてカモイウンベ川まで下見をしてカモイウンベ川の徒渉も飛び石で渡れることを確認した。
相泊漁港で車中泊の翌日は4時には起きて、4時半過ぎには出発できた。札幌ナンバーの単独行氏ははスキー登山で同時出発となったが、スキー板を履いている間に私が先行した。昨年難儀した台地への入山場所にもたっぷり雪があってトレースもしっかり残っていた。雪が締まっていてツボ足で快適に台地上にトレースを追う。やがてスキー登山者が追い越して行った。樹林帯には風はないが山頂付近は風が強そうである。カモイウンベ川の支沢のスノーブリッジにもたっぷりの残雪で支沢自体が雪に埋もれていた。ここで一息入れた。支沢を越えると樹林が切れて雪原に出た。昨年大きなクマの足跡があったところだが強風吹き付けてトレースも消えがちである。しばらく雪原を進み再び左側に派生する小尾根にとりいた。樹林帯にははっきりとトレースが残っているが、昨年の記憶も残っていて安心して歩ける尾根である。緩急を繰り返しながら小尾根を標高600m付近まで登ると眼前に急坂が見えてきた。ここでアイゼンを装着した。昨年はアイゼン忘れてキックステップ切りながらしのいだが、急登に悲鳴を上げたところである。一歩一歩慎重に登り上げて行くが体力・脚力の衰えで連続して30歩も歩けない。さらに強風が吹き荒れて時々雪煙も上がって吹き飛ばされそうになる。滑落の危険も感じながら急登を登り、200mほど登り切ると一旦勾配も緩む。しかしその上にさらに傾斜のきつい急登が見えて気分も萎えるのであった。小休止の後再び急登にとりつく。ハイマツが少し現れていて滑落の危険を避けることが救いであった。
何とか凌ぎ切って勾配の緩む870m地点まで登りきる事が出来た。しかし強風が吹き荒れていて休む場所もない雪原である。昨年はハイマツで前進不可能であったが、今年はハイマツは雪の下であり、前進に少しの問題はないのだが、強風が前進を阻む。天気予報では9時ころからは天気回復の予報であったのを信じてきたが・・・。雪原を100mほど前進してダケカンバの陰で風除けしながらしばし黙考した。時々ガスが切れて雪煙の先に知床岳前衛の稜線も姿を見せるのであるが、前進は不可能であった。「残念だが今年も撤退」を決断した。
無念の思いを抱いて慎重に急坂を下って行き、勾配の緩んだ場所で樹木の陰で昼食を摂った。さらにアイゼンをしっかり利かせながら600m地点まで下ると上空は晴れてきて、下ってきた急坂がよく見えたが強風は収まらなかった。600m地点ではゆっくりと休憩し海岸線の先に見える国後島の羅臼山・爺爺岳や、ちぎれた流氷などを見て慰めた。時々後ろを振り返り急速に天気回復して姿を見せた周囲の山々を見ながら、やるせない気持ちを抑えながら樹林帯に下った。重い足を引きずりながら樹林帯を歩いて海岸線に戻り、カモイウンベ川を渡って海岸線を30分近くかけて相泊漁港まで戻った。登山支度を解いて登山ポストに下山報告をしたが、朝しばらく同行したスキーヤーは登頂を早々とあきらめて、入山から4時間後の午前9時には下山していた。
相泊までの道路封鎖で入山できなかった一昨年も含めれば、3年連続の知床岳アタックであったが、今回もあえなく敗退である。「もう来ることはないな〜」と失意のうちに「地の涯て知床の涯て相泊漁港」を後にしたのである。羅臼に戻って峰の湯の日帰り温泉で入浴して疲れを落とした。


流氷と国後島


知床岳 シレトコダケ 標 高 1254m 日本の山1000 山 域 知床連山
登 山 記 録
登山月日 2018年4月14日
登山経路 相泊漁港4:30〜カモイウンベ川4:50/5:00〜標高150m付近(道迷い地点)6:30頃〜小尾根引き返し地点8:20〜カモイウンベ川支沢上流〜9:00頃〜標高550m付近10:20/10:30〜標高850m付近(撤退地点)12:00/12:10〜支沢S・B地点14:20〜海岸線16:10〜相泊16:40
行動時間 登り 下り 合計 12時間10分 (休憩時間・ロスタイム含む) 
天 候
メンバー 単独
情   報
アクセス 知床半島行き止まりの相泊漁港まで舗装道路
トレイル 海岸線は雪が消えていたが台地に上がると残雪歩き
水場・トイレ 相泊漁港にtoiletは無い
その他 標高850m地点のハイマツ帯で時間切れで敗退
山行記


雪が消えかけた海岸線を行く・国後島からの日の出


カモイウンベ川・ヒグマの足跡


道迷いした尾根から見る正規ルートの尾根・正規ルートに戻り登る尾根を見る

夜明け前に相泊を出て、国後島からの日の出を見ながら海岸線を歩いた。カモイウンベ川の水量は膝丈まであったがゴム長靴で水中の飛び石を拾うと濡れることもなかった。台上に上がる崖は雪が消えていて笹藪かき分けながら駆け上がった。台上に出ると樹林帯には残雪たっぷりと残っていた。樹林帯を進むとヒグマの真新しい足跡があって緊張させられた。1時間半ほど歩いて標高150m地点で朝食を摂ったが、地図を忘れてきてしまいスマホで位置確認したが電波が届かず叶わなかった。
最初の目標はカモイウンベ川の支流の徒渉点であるが、幾筋か横断する小さな沢があって、本来の標高280m地点の支沢を渡ったものと思って、右側から張り出した少尾根に取り付いてしまった。これが大きな間違いであって尾根の右下を流れるクズレハ川がカモイウンベ川の支沢であろうと勘違いしてぐんぐん尾根を登り、標高434mの小ピークに登り着いても疑うことがなく尾根を登った。小尾根を2時間近く登って標高650m付近の大岩の下に出て、左方向に正規ルートと思われる尾根を見ると道迷いに気付いた。急いで標高500m付近まで戻って、左側にトラバース気味に下るとカモイウンベ川の支沢に出た。上流のため水量も少なく難なく徒渉し緩い勾配の雪原に出ると正規ルートに乗ることができた。薄いながらもスノーシューのトレースもあり安堵した。真新しいスノーシューのトレースと思いきや、ここにもヒグマの足跡があった。
すでに9時を回っていて山頂に届くか不安であったが、とにかく「正午まで前進しよう」と決断した。標高650m付近までは緩く快適な残雪歩きであった。途中ダケカンバの枝に腰を下ろして休憩し、ワカンやゴム長靴などをデポして標高差250mほどの急坂の尾根に取り付いた。アイゼンを持って来なかったのでキックステップで足場を築きながら息を切らせながら一歩一歩進む。思いのほか時間が掛かり段々と時間切れの不安がよぎる。一旦緩んだ急坂もまたその上に続いていた。ようやく傾斜が緩んだと思ったらハイマツ帯であった。ハイマツの中に腰を下ろして息をつなぐ。すでに正午近い時間で、相泊からは7時間以上経過している。標高は850m地点で、左側には硫黄山が頭を雲に隠しながらも特定できるが、知床岳山頂はまだ姿を見せていない。
ハイマツは背丈を超える高さで少し進んでみたが、その先が読めず山頂までまだ標高差300m以上もあれば、結局時間切れで登頂をあきらめざるを得なかった。体力的にはまだ余力があったが残念である。「せっかくここまで来たのに」の思いは強かったが、遭難騒ぎだけは起こしたくなかった。
失意の下山になったが、急登の尾根はなるべく樹木につかまりながら慎重に下った。デポした荷物を回収しその先は快適に下った。カモイウンベ川支沢のスノーブリッジ地点に下った時は道迷いを本当に悔いた。「地図さえ忘れなかったらな〜」の思いが強かった。スノーブリッジはほとんど落ちかけていたのでゴム長靴に履き替えて徒渉し、そのまま雪原を海岸線まで歩き、カモイウンベ川を徒渉して相泊の駐車地点に戻った。樹林帯の雪原は緩み、朝は快適に歩けたが何度か潜って最後はワカンを付けるほどであった。
地図を忘れたことに気付いたのは朝海岸線を歩いている時であったが、「スマホが有るから大丈夫だろう」と高をくくったのが大間違いであった。そして「雪が緩んでいるからから」とアイゼンを持っていかなかったので急登の尾根で時間が掛かったというのが知床岳敗退の大きな要因ではある。来年も元気が有ったらアタックを決意し相泊を後にして羅臼の町に走った。


撤退地点から見る(左)硫黄山方面・(右)来し方の海岸線

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