東山・真木共働学舎
東山 ヒガシヤマ 標 高 1849m 信州百名山 山 域 旧鬼無里村
中西山 ナカニシヤマ 標 高 1741m 山 域
登 山 記 録
登山月日 2016年11月6日
登山経路 奥裾花自然園駐車場8:15〜平成の森8:45〜稜線9:45/9:50〜中西山10:15〜前衛ピーク11:05〜東山12:15/12:45〜前衛P13:50〜稜線下降点15:15/15:25〜平成の森16:00〜駐車場16:15
行動時間 登り 4時間 下り 3時間30分 合計 8時間 (休憩時間・ロスタイム含む) 
天 候 曇・霧
メンバー こばさん・ま〜こさん・rommyさん
情   報
アクセス 奥裾花駐車場までは舗装道路が続き 「平成の森」までは車両通行規制
トレイル 稜線までは急登が続く 前衛の1840mピークまでは藪刈り払われていたがその先は笹藪被る煩い道
水場・トイレ 水場は稜線に出る前にあるが飲用は?toiletは駐車場と平成の森にあるがこの時期閉鎖されていた
その他 13年ぶりに歩いたがほとんど記憶がなかった 特に前衛ピークから先は疲労があって厳しかった
山行記


「平成の森」中西山登山口・中西山山頂


稜線上の前衛ピーク・霧氷の花咲く稜線


東山山頂

2003年11月、私自身の信州百名山完登の山であった東山に信州百名山99座目・80座目を目指すま〜こさん・rommyさんをこばさんと案内してきた。
以前は奥裾場は自然園入り口まで車が入れたが、今は2キロほど手前の駐車場までしか一般車は入れない。そして今日でここまでの林道も冬季閉鎖になるようだ。
駐車場に車を停めて林道を2キロほど歩いて「平成の森」に着いた。東山へは中西山登山口の標識の立つ入り口に入る。登山道はしばらく自然園の遊歩道を行きやがて稜線ぬ向かって急坂が続く。落ち葉と昨夜の雨で濡れた道は滑りやすい。何とか踏ん張って稜線には登山口から1時間で登り着き一息入れた。稜線の反対側は同つだけに延びる道であるが笹が被さっていた。一時期堂津岳まで夏道が開いたという情報もあったのだが・・・。稜線を左に折れて中西山に緩く登って行き、中西山を少し下って再び稜線を緩く登って行く。稜線上は笹藪が刈り払われていたが刈り払われた藪で足を取られる。やがて前衛の1830mピークを越えるがロープも下がる悪場であった。少々時間が掛かり気味で休む間もなく小ピークを越えて藪が被さる鞍部に下って行く。刈り払いされていないここからが修羅場であった。笹藪突破を果たすと下った分だけの登り返しで急登の連続で右側がスパッと切れ落ちた尾根を行くのであるが、稜線の霧氷には心和ませられるのであった。やがて腰丈の低い笹原の道となって東山山頂に着いた。13年前に登った記憶とはずいぶんかけ離れた東山直近の悪場には驚きであった。
山頂で昼食を摂りながら30分ほど休憩の後往路を戻った。少しは余裕も出て霧氷にカメラを向ける時間などもあったが、先頭を切る私の足ではそれほど時間短縮もできず同行の皆さんに迷惑をかけてしまった。東山前衛のピークと稜線下降点で一息入れた後は平成の森に下ったが、登山口付近で猿の集団が出迎えてくれた。夕闇迫るころ駐車場に戻って鬼無里に下るころは林道から高妻山・乙妻山が姿を見せていた。



猿の集団を見守るボス猿・林道途中から高妻・乙妻山


信州百名山 東山 ヒガシヤマ 標 高 1839m

山 域

鬼無里村・白馬村
登 山 記 録
登山月日 2003年11月18日
登山経路 鬼無里村奥裾花自然園登山口8:05〜稜線9:05〜中西山9:30〜稜線上の小ピーク〜東山11:10/11:40〜稜線上の小ピーク〜中西山13:20/13:30〜登山口14:20
行動時間 登り 3時間5分 下り 2時間40分 合計 6時間15分(休憩時間含む)
天  候
メンバー 「山の鉄人・根橋平良さん」と2人

情  報

アクセス 奥裾花自然園まではこの時期無料解放
トレイル 稜線までは急登が続く その先はアップダウンあるが快適な稜線歩き
水場・トイレ 水場は稜線までの途中にある トイレは奥裾花自然園にある
その他 北アルプス北部と頚城山塊の好展望台
山行記

 
東山山頂に延びる稜線上から見る東山       信州百名山完登を祝して根橋平良さんと

 
笹原の山頂から白馬岳方面をバックに       白馬連峰(槍ヶ岳から北アの全容が見える)

 
後方は堂津岳・頚城の山(こちらも見事な展望が開けている)  すぐ隣に屹立する乙妻山・高妻山(戸隠連峰は更に近くだ)

前日、40年以上も前の高校生の時に登った上田市の太郎山、青木村の子壇嶺岳に再登山して、信州百名山は記憶も記録も99座となり、いよいよ最後の一山・東山へのプロローグは整ったのである。出来れば一番の山のパートナーであるムスコを同行したかったのであるが、今日は平日でそれもままならない。
昨日、子壇嶺岳に車で走る途中、信州百名山・日本三百名山の先達「山の鉄人・根橋さん」にご同行をお願いすると二つ返事で快く引き受けていただくことが出来た。
鬼無里村の自然園へは、シーズン中は入園料400円が徴収されるのだが、この時期には無料開放されていた。
観光センターの駐車場で根橋さんと合流する。観光センターから先のゲートも鎖が外されていて、奥裾花自然園の入り口の休憩舎まで車で入れることが出来た。駐車場には一台の地元ナンバーの車が停まっていた。
登山口は駐車場の斜め右側から水路を渡り、ブナ林に伸びている。登山道脇に「長鉄登山路」という古い看板があった。この辺の登山道は昭和30年代、当時の国鉄、長野鉄道管理局が開いたと聞いている。あの堂津岳へも道を開いたらしいが、笹のすごい繁茂力により登山道はすぐ埋もれてしまったようである。
ブナ林の中の登山道は少しずつ傾斜をましてゆくが、それほど気になるほどのこともなく、登山口から1時間で標高差500mくらい有る稜線に到着した。雲一つない快晴の元、眼前に北アルプス北部の山々が開けた。
ここで一息入れ、緩やかな稜線を20分も歩くと中西山に到着した。稜線の先に東山が見えてきたが山頂は手前のピークの陰になってまだ見えない。眼前の白馬連峰は更に迫って大きき聳え、左側の戸隠連峰も朝日に光っている。後ろを振り返ると、今年の春登った堂津岳の先に火打山や焼山・雨飾山が雪を被って白く見える。まさに絶好の展望台である。ここでも一息入れて更に笹原の稜線を20分ほど歩くと、稜線に20mほど屹立する小ピークを越える。足場のおぼつかない緊張するところであるが下げられたロープを頼りによじ登る。先発した年配の単独行氏が休んでいた。こんな時期この山を登るのは私たちだけだろうと思っていたのでびっくりする。きっと相当な山好きの方だろうと思う。ようやく目の前に目指す東山のピークが見えてきた。
ここから一旦150mほど鞍部に下り、登り返すのであるがそれほどの急坂でないのでゆっくり歩けば問題はない。
最後は笹原の稜線を歩いて東山山頂に到着した。山頂は10畳ほど笹が刈り払われて二等三角点と小さな山頂標識が立てられていた。
信州百名山完登を祝して小さな缶ビールで乾杯する。
上空には薄雲が広がりちょっと寒さを感じる。
今までの足跡を振り返りながら談笑する。日本百名山完登から2年ムスコとは離れ、一人旅の登山が多かったことが又一つの感慨である。その間にネットで知り合った根橋さん始め沢山の同好の友を得た。そんな複雑な思いの信州百名山東山山頂であった。
復路は写真を取りながら、休憩もたっぷり挟んで稜線漫歩を満喫しながらゆっくり下ったのである。

 


真木共働学舎

2019年2月25日 東山山塊の小谷村にある共働学舎を訪ねてみた。

車の通わない山道を1時間半歩いたところに真木共働学舎はある。生きることの根源的な意味を考える「共に働く学び舎」として創設され、今の社会に肉体的・精神的な生きづらさを抱える人も、そうでない人も、だれもが固有に持つそれぞれの能力を尊重しあい暮らしている。春・夏・秋・冬…40年。くり返されるその営みは、誰にもある生きものとしての人間の時間を思い起こさせる
ドキュメンタリー映画「アラヤシキの住人たちの舞台である。

南小谷から雪道を2時間ほどの距離にあった。昭和30年代までは20戸くらいが住んでいた廃村である。


白馬三山をバックに真木集落跡



越冬組が数名生活していた
 

 

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