山行記
白山に咲く花々はこちら
加賀の名峰・白山には2000年9月、岐阜県側の登山口大白川から登っている。しかし花の名山白山に登るには9月では遅すぎて、花の名山の面影も残っていなかった。花の百名山めぐりをしている今、花の適期にという思い断ちがたく、石川県の白山市・市ノ瀬登山口に車をつけた。
<第一日>
6:50別当出合を出て甚ノ助避難小屋で一息入れる
霧の中木道の弥陀ヶ原を行く 強風雨の御前が峰に登る
奥宮で雨宿りの後、室堂に戻る
海の日の記念日の3連休の中日で市の瀬の駐車場は満杯であった。
別当出合までのシャトルバスの始発は5:00であるが、今日は室堂に入り、小屋に泊まる予定であるから、少しも急ぐことはない。5:55発の第3便に乗って20分ほどで別当出合に着いた。土・日・休日以外はここまでマイカーで入ることが出来るようだ。
休憩所は先行のパーテイでごった返していた。ここで朝食をとり、6:50に大きな吊り橋を渡って砂防新道に入る。
すぐに先行のパーテイの後ろにつくが、30人を越える大パーテイで追い越すのは無理だ。仕方なく後ろについて足を合わせながら登る。後から追いついてきた若者も同じである。そのうちに休憩ポイントに来てザックを下ろす団体さんを見ながら漸く追い越すことが出来た。同じようなことを繰り返しながら先行の団体さんを追い越してゆく。
結局こちらは別当出合の登山口から2時間以上も歩いて甚之助避難小屋まで休憩を取ることが出来なかった。甚之助小屋でも周りのパーテイの動向を見ながら行動する。ここら辺りから漸く登山者も疎らになり、自分達のペースで歩けるようになるが、下山者も続々と下りてくるので道を譲ることになる。
南竜が馬場への分岐を過ぎる頃になると登山道脇に高山植物が見られるようになり、時々は足を止めてカメラを向けることが出来た。そして霧の中に入り気温も下がる。ここまで半袖のTシャッツで汗かきながら登ってきたのであるが雨着を付ける。黒ボコ岩に来ると大学生の団体が大声出して休憩していた。標識と黒ボコ岩をカメラに収めたいのであるが中々譲らない。ムッとしながら先を行くと木道のつながる弥陀ヶ原であった。
木道の脇にはコバイケイソウなどが咲くお花畑が広がっていたが霧の中である。南竜が馬場からの道を合わせると今日の目的地室堂はすぐであった。別当出合から3時間45分、10時30分過ぎの到着である。玄関ロービーは先着した日帰りと思われる登山者が大勢休んでいた。室堂センターの宿泊受付は11:00からであった。
列に並んで部屋に案内される。1階に8人2列の2階の部屋(32人部屋)で隣の同宿者とも適度に間隔もあり、ゆっくりと休めそうである。小屋に着くと同時に降り始めた雨は風を伴い大荒れになってきた。炊事場である白山荘へは雨の中を突いて行かなければならない。トイレ棟に続く渡り廊下の片隅でガスコンロに火をつけてラーメンを作って昼食を取った。部屋に戻ってもまだ12時過ぎたばかりである。室堂周辺のお花畑観賞も最高点の御前が峰への登頂もままならない。同宿者と山談義をしてもそんなに時間は稼げないのである。
退屈な時間が過ぎてゆく。雨も少しは収まったかと錯覚し、御前が峰を目指して2時過ぎに意を決して雨中に飛び出す。激しい風雨を突いて石畳の道を30分、9年ぶりに白山最高峰の一等三角点御前が峰に立つ。9年前と全く同じ霧の中に御前が峰であった。石垣で囲われた白山奥宮で風をよけながらしばし休憩する。風で吹き飛ばされないように踏ん張りながら石畳を小屋に下る。白山神社の脇には今回のお花観賞のお目当てクロユリが雨に打たれていた。小屋に戻っても15時である。持参の焼酎を飲みながら再び同宿者と山談義をしながら時間を過ごしたのである。
夕食は16:30からであったが混雑を避けて17:30に食堂に出かける。粗末な夕食ではあったがムスコと二人しっかりと腹に収めたのである。
部屋の戻ると焼酎の酔いも廻ってあっという間に爆睡状態に入るのであった。、
<第二日>
室堂を6:20出発し大汝峰を巻いてお手水鉢で一息入れる
大汝峰の巻き道から前方に七倉山・四塚山後方に御前が峰を見る
七倉の辻から四塚山を眺める 四塚山から大汝峰方面を振り返る
四塚山は花の宝庫だ 釈迦新道から四塚山を見る
釈迦新道は白山随一のお花畑が続く
笹原の白山釈迦ヶ岳山頂と白山の絶好の展望台釈迦ヶ岳前峰
釈迦新道を林道登山口に下りきる
夜間2回ほどトイレに起きる。2回目にはきれいに晴れて満天の星空に三日月が見えて、天気の回復が実感できて安心して休めた。しかしつかの間で、同宿者が自然観察会とご来光見物の為、3時半にはざわつき始める。しかしゆっくりと長い時間体を休めていたので苦にはならない。
5時半過ぎにムスコを起こし、荷物をザックに納めて部屋を後に食堂に向かう。朝食も美味しい料理には程遠いものがあったが腹いっぱいに詰め込んでシャリバテ防止にする。トイレを済ませ水を補給して室堂センターを6:20に出発である。雨上がりの清々しい朝で神社脇に群生するクロユリも生気を漲らせていた。
お池巡りのコースに入ると朝早く出た自然観察会のメンバーが下ってきた。昨日山談義を楽しんだ多治見のご夫妻、福島県の女性が「気をつけてね」と声かけてくれる。怪しい「親子二人連れ登山隊」には声を掛けずにいられないのであろうかと目が潤むのであった。
室堂センターを下に見ながら少し荒れたゴーロの登山道を高度を上げてゆく。周りには高山植物が一杯見える。やがて五色池を過ぎて中宮道への分岐大汝峰の麓につく。ここで一息入れて大汝峰は巻き道を行く。ハイマツ帯の先には目指す四塚山・七倉山や釈迦新道の稜線が見えてきた。振り返れば御前が峰の岩峰が聳えている。そして何よりも室堂の喧騒が嘘のような静けさの中を行くのである。
大汝峰を巻き終わると七倉山への鞍部に下り、岩に水を貯めたお手水鉢が見えてきた。ここら辺りから七倉山の斜面は素晴らしいお花畑が広がりクロユリ・ハクサンイチゲ・クルマユリなどが咲き誇っていた。カメラに収めながら斜面を緩く登ってゆくと雪渓に出て北竜が馬場の七倉の辻についた。ここは加賀禅定道・長坂岩間道・釈迦新道への分岐である。室堂からは丁度2時間の行程であった。
ここにムスコを待たせ、私は目の前の「日本の山1000・四塚山」を目指す。少し下り木道を行くとここも素晴らしいお花畑が広がり、ハクサンコザクラ・クロユリが待っていてくれた。ケルンの積み重なる四塚山に登り、ハイマツ帯に三角点を探すが見当たらなかった。再びお花畑を見ながら七倉の辻に戻る。そして又目の前の七倉山にも足を延ばす。ここは三角点のない山だが最高点らしきを踏む。長坂岩間道が稜線沿いに良く見えるのを確認し、七倉の辻に戻った。
釈迦新道は右に四塚山から流れ下る沢を見ながら一気に七倉山の斜面を下る。そして斜面はお花畑が連続しているのである。花名同定が出来ないもどかしさがあるがカメラのシャッターを押し続けながら下る。下りが苦手なムスコと足を合わせるのには丁度良い速度でもある。やがて釈迦新道を登ってきた地元のものがオオサクラソウをカメラに収めていた。私も始めてみるオオサクラソウをカメラに収める。この時期群生して見られるコザクラよりもオオサクラソウのほうが希少価値があるようで、これから下る釈迦ヶ岳までには10人ほどの地元オオサクラソウ愛好者と行き交うのであった。
七倉の辻から1時間20分ほどで最低鞍部に下り水場に着く。トレランの若者男女が息せき切って大汝峰目指して登って行った。登山道は水場からは緩く、白山釈迦ヶ岳に登っていた。釈迦ヶ岳には登山道は延びていなくて、私はその先の釈迦ヶ岳前峰に着いてしまう。先行したムスコの姿が見えなくて慌てる。休憩している若者に声かけるも行過ぎた者はいないらしい。白山釈迦ヶ岳は通り過ぎたことを教えられ、ザックをおいて後戻りをする。そして登山道で大きな声上げてムスコを呼ぶと何と釈迦ヶ岳山頂から返事が返ってくるのであった。
10分ほど戻って、踏み跡薄い笹原の中の釈迦ガ岳山頂を踏むことが出来た。釈迦ヶ岳前峰は白山の前衛で絶好の展望台で、今まで歩いてきた道も良く見えるのだ。景色を見ながら、市の瀬から釈迦新道を登ってきた地元の女性登山者とお話をしながら湯を沸かしカップラーメンを食べながら昼食休憩とした。
釈迦前峰からは樹林帯になり、一気に高度を下げてゆく。ここらあたりになると登山道わきには植物も見るべきものはなく単調な登山道である。黙々と下り、1時間半ほどで地下水の湧き出る水場で一息入れる。さらに40分ほど樹林帯を下って林道登山口に飛び出した。自分のペースで歩いたムスコもすぐ後に続いていた。登山口の標識には「市の瀬まで4キロ」となっていた。疲れたとはいえ先が読めて安心の林道歩きである。途中から越前禅定道の古道に入り、再び車道に出ると市ノ瀬の駐車場までは15分ほどであった。
6:20に室堂を出て、9時間後の15:25駐車場に到着した。
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