越美山地の山ー2
(平家岳・姥ヶ岳・屏風山・部子山・日野山)

平家岳 ヘイケダケ 標 高 1442m 日本の山1000

山 域

越美山地
登 山 記 録
登山月日 2011年11月17日
登山経路 面谷鉱山跡登山口7:00〜前山送電鉄塔9:00〜平家岳9:35/10:00〜鉄塔〜登山口12:00
行動時間 登り 2時間35分 下り 2時間 合計 5時間 (休憩時間を含む)
天  候
メンバー 単独

情  報

アクセス 九頭竜湖に掛かる箱が瀬橋から面谷鉱山跡まで舗装道路が続き最後は少し砂利道となる
トレイル 送電鉄塔巡視路としてよく整備されている
水場・トイレ 水は沢水取れるが飲用は? トイレは無い
その他 登山口の面谷鉱山跡も興味深い

山行記


平家岳前山〜見る平家岳とその山頂と後方は白山方面

九頭竜湖に掛かる箱が瀬橋を渡り対岸の湖岸道路を3キロほど行くと面谷鉱山跡への分岐にでて鉱山跡への道に入る。面谷鉱山跡までは舗装道路であったが、鉱山跡の墓地を過ぎると砂利道に変わり、わずか先が登山口であった。
登山道は送電鉄塔の巡視路になっているのでとてもよく整備されていて歩きやすい。紅葉も過ぎて葉っぱを落とした登山道は明るくて気持ちがよいものである。今年初めての初冬の山であるが、私はこの時期の山が大好きだ。
送電鉄塔の立つ尾根に登りつき、更に次の鉄塔を目指して潅木帯の中高度を上げて行く。3番目の鉄塔に登りつくと谷を隔てて平家岳が姿を現した。随分と時間が掛かりそうに見えたが、その先も巡視路を歩き4番目の鉄塔を過ぎて左側から回り込むように緩く付けられた登山道を登ってカヤトの平家岳山頂に着いた。3番目の鉄塔からは40分ほどの時間であって、思ったより簡単に山頂に立ててホッとする。
好天の下、360度の大展望が開けていて、白山・御嶽山から乗鞍岳そして荒島岳や能郷白山などが望まれた。大展望を満喫しながら朝食をとりゆっくり休憩の後山頂を後にした。4番目の鉄塔付近に戻ると地元の女性グループが登って来た。

下山の後、登山口付近の面谷鉱山跡を少し散策して石碑などを覗くと、興味深いものがあった。閉鉱の少し前の大正時代には疫病か悪性の感冒により多くの住民が亡くなったという慰霊碑も建てられていた。


御嶽山方面       平家岳山頂からの景色       荒島岳方面


姥ヶ岳 ウバガタケ 標 高 1454m 日本の山1000

山 域

越美山地
登 山 記 録
登山月日 2011年11月18日
登山経路 平家平登山口7:40〜姥ヶ岳9:30/9:50〜登山口11:20
行動時間 登り 1時間50分 下り 1時間30分 合計 3時間40分 (休憩時間を含む)
天  候
メンバー 単独

情  報

アクセス 真名川ダム上流10キロの巣原橋〜平家橋までは舗装道路 その先5キロ登山口までは砂利道 
トレイル 緩い登山道が続き歩きやすいが、最後は少々薮っぽい
水場・トイレ 水は平家平で取れる沢水も取れるが トイレは無い
その他 登山道が無い山と思ったが素晴らしい癒しの持ちが続いていた

山行記


癒しのブナ林を歩いて「日本の山1000」の700山目へ

平家平に入る巣原橋が分からなく、真名川ダムの上流を何回か車を止めながら進むと温見峠に抜けるR156に平家平への看板が立っていて巣原橋が分かった。巣原橋を渡って狭いながらも舗装された山道を進むと平家橋に着き、その先は少し荒れたダートの道となっていて5キロほど走って登山口に着いた。
平家橋付近から平家落人が住み着いたという平家平だが今は大野市が自然体験ゾーンとしてよく整備されていた。

登山道に入ると緩く上って何回か林道を横切る。林道終点付近が下草を刈ってあって気持ちよいブナ林となっていた。一旦登りきって少し下ると水芭蕉の群生地に出て木道が整備されていた。その後もブナの幼木の中緩く登って行き山頂稜線に達した。山頂稜線は少し薮が被さる煩い道となり泥濘もあるが、この時期はそれもあまり苦にはならない。薮が刈り払われた潅木に囲まれた山頂に立ったが展望は今ひとつで・・・貯水池が下方に見えた。
登山口からここまで付かず離れず歩いてきた石川県から来たasamotoさんと朝食をとりながら山談義を楽しんだ。

「日本の山1000」のうち、700山目の記念の山頂である。

 
付かず離れず山頂に立ったasamotoさんと


屏風山 ビョウブサン 標 高 1354m 日本の山1000

山 域

越美山地

登 山 記 録
登山月日 2012年10月30日
登山経路

越波林道ゲート6:50〜林道終点8:10/9:00(約30分のロスタイム)〜沢歩き終点9:30〜稜線10:30〜屏風山11:45/12:20〜林道終点14:10〜林道ゲート15:20

行動時間 登り4時間10分 下り 3時間 合計 8時間30分 (休憩・ロスタイムを含む)
天  候
メンバー 単独

情  報

アクセス 越波部落からはダートでも整備されている越波林道を約5キロ入る
トレイル 林道終点からの登山道は赤布も見失いがち 稜線に出ても藪が煩い
水場・トイレ 尾根取り付き点が最終水場 トイレはどこにもない
その他 展望と山容が美しい山 紅葉も見事であった

山行記

 
林道終点の登山口〜小沢を詰めてゆく

 
稜線から見上げる屏風山とその山頂

岐阜県側からのアプローチである。
R157の岐阜県側の通行止めは長く続いているらしい。旧根尾村から温見峠を越えて福井県に入るには根尾村中心部から一旦上大須ダムの近くまで地道を入って、上大須ダム直下2キロくらいを曲がり、山道を抜けなければならない。ドウの天井を登った後であるからこの抜け道に入るには少しも問題はなかった。
R157に出る前に越波(オッパ)と云う廃村に近い限界集落が有り、その先1キロほどの三叉路に林道に入る分岐がある。砂利道ながら良く整備された林道を5キロほど進むと「越波国有林」の看板が立つゲートが有り、そこから歩く事になった。
林道途中では砂防工事が施工中であった。4.5キロを1時間以上かけて歩くと左側に屏風山を見て終点になり、初めて「屏風山登山口」の看板が立てられていた。ここで朝食休憩をとった後、案内板に従い左側の川原に下るがその先には赤布も見えず行きつ戻りつ30分以上のロスタイムである。ようやく砂防堰堤脇のコンクリート壁に取り付けられた鉄筋足場を上るとその先に赤布が導いていた。小沢を30分ほど遡上し、ロープが下がる尾根取り付きに来る。ここからは一気の登りになって木の根などにつかまりながら高度を上げてゆく。しかしそれほど長い距離と時間ではなく1時間ほどで尾根に登りつく。更にヒノキの尾根を進むと前方に屏風山主峰が望まれる。この時期周囲は紅葉が美しい。尾根道は笹薮と小潅木が被さり煩いばかりであるが、もくもくと高度を上げてゆく。左隣の西峰から派生する尾根は岩稜帯でごつごととした尾根が見える。下から見上げたときに思ったときほど時間がかからずに山頂に到着した。
能郷白山などの大展望が広がっていたが、確かな山座同定は出来なかった。しかしこの山が越美山地を代表するであろうという事は実感できたのである。

 

 
山頂から見る厳しい登路と対岸のドウの天井方面


部子山 ヘコサン 標 高 1464m 日本の山1000

山 域

越美山地

登 山 記 録
登山月日 2012年11月3日
登山経路

林道終点〜部子山周遊7:20/8:00

行動時間 合計40分 (休憩時間を含む)
天  候
メンバー 単独

情  報

アクセス 池田町から能楽の里牧場に延びる林道は一部ダートもあるが舗装道路が続く
トレイル 山頂付近には整備された歩経路がある
水場・トイレ 林道終点に快適な休憩施設ある
その他 山頂付近まで車で登れる観光地 山頂付近は牧場が開発されている

山行記

 
部子山神社と部子山山頂

池田町水海から部子山山頂に達する快適な林道兼観光道路とも言うべき舗装道路が延びている。そして部子山山頂台地は能楽の里牧場が開拓されているのである。山頂付近の一部が未舗装で観光シーズン終了を待って舗装工事が始まり昨年は11月中旬に訪れて通行止めにあったのであるが、それを見越してきた今年は運良く山頂直下まで来るまで進入できた。うっすらと積もった雪を踏んで左側の部子山神社と右側の霧氷の美しい道を10分ほど歩いて部子山山頂に立った。福井の山々を見渡せる位置にある部子山ではあるが今日は時雨模様の空で展望はママならなかった。林道を下る途中舗装工事の関係者が上がってきた。

 
山頂の石祠と霧氷の部子山山頂台地


日野山 ヒノサン 標 高 794m 日本の山1000

山 域

越美山地

登 山 記 録
登山月日 2012年11月2日
登山経路

日野神社駐車場12:00〜登山口12:10〜五合目〜日野山13:45/13:50〜(途中から林道経由)登山口15:05

行動時間 登り 1時間45分 下り 1時間15分 合計 3時間5分 (休憩時間を含む)
天  候
メンバー 単独

情  報

アクセス 日野神社までは県道・市道
トレイル 良く整備されているが小比丘尼ころがしは一枚岩の滑りやすい道
水場・トイレ 山中水取れるが飲用は?トイレは日野神社で
その他 越前富士とも呼ばれる

山行記

 
駐車場から見上げる日野山と山頂直下の比丘尼ころばし

日野神社の裏手に登山口がありイノシシ除けのゲートがあった。登山道は良く整備されていて緩く五合目室堂まで続いていた。五合目からは少し傾斜を増してやがて↑の写真で見る「比丘尼ころがし」の急坂になりロープも所々に下げられていた。滑りやすい岩場の殆ど一直線に続く「比丘尼ころがし」を登りきると日野山山頂であった。日野神社の奥の院が山頂を占拠していて時雨模様で展望は得られなかった。下山は途中で登山道から離れて廃道になった林道を下ると荒れた造成地に出てその先は道を見失いがちであった。何か曰く因縁つきの日野山開発を知ることが出来た。

 
日野山山頂と五号目室堂

 

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